中敷きがズレてくような日々

煩悩、戯言の半径30cm

ワクワクする方に進む力


今週の探偵ナイトスクープを観た。
目が見えない天才ドラマーの子に憧れてドラムを始めた8歳の少年が想いを伝えに行くという依頼。
目が見えないドラマーの子が「ドラムを楽しいと感じてからずっとやってる」と言っていた。

この子はこれしかないというものを見つけて突き進んだと感じる。
2歳で小児がんになり、目を摘出したという。目が見えた頃の記憶がないと言っていたが、その真っ暗な世界で楽しかったなという実感だけで突き進んでドラムを続けていたのだろう。
例え目が見えなくたって、そのワクワクを大事にして突き進む凄さを感じた。そういう人のエネルギーがすごいというのはヒシヒシと感じる。

僕は人の表情の変化とかを見るのが好きで自分の目とか視点というもので自分の人生を豊かにしている。でもそんなのちっぽけだなと思わされる。

世の中が真っ暗だって突き進んでいる彼がカッコよかった。

挙動とかで目が見えないことはわかるけれど、彼に憧れる8歳の少年と触れ合う姿は両目を摘出したとは思えない感じだった。初めて自分に憧れられていると言っていて、その顔は喜んでいたように思えた。
ただその表情を見ても本当に喜んでいるのかを僕は確信は出来ない。いかに自分は人の目で表情を確認しているかが分かる。義目だと涙とかまでは出ないものなのだろうかなどを見てしまう。そんなことどうでも良いのに。

声だけの世界ってどんなのなんだろうと想像して目を閉じてみる。どれだけ目を瞑っても部屋の明かりの光が差し込んでいたりする。
僕は完全に目が見えなくなることは出来ないから感覚も計り知れない。

どうにか彼の感覚が分かりたくなって想像する。怖いなとも思うし、孤独で光のない世界は冷たくひんやりとしたものにも思える。でも僕はラジオで声だけの世界の温かさを知っている。きっとこれに近い世界なのかもしれないと思った。

決して目が見えないからって温かさを感じにくいわけではないんだ。むしろその逆かも知れない。そのぶん自分のことを悪く言う声がある時は人一倍ズシっと来るものがあるのだろうか。そのくらい言葉だけの力というのは重い。表情を見ることでうやむやになることがあり、僕自身はそれに少し安心しているようにも思えた。

昨日はクロマニヨンズのライブに行った。
ツアー初日に行ったのは初めてだったがお互いが緊張感を持っていて、百戦錬磨のクロマニヨンズでもアルバムの曲を初披露する初日は緊張するのかと思った。
60歳も目前になってこんなに初めてのことでワクワク出来てるのめちゃくちゃいいな。こんな大人になりたいわ。

この間27歳になった。
小中高生の頃からなのではあるが、身体がカチコチでストレッチとかでどうこうできる問題じゃない気がしてる。人より動けなくなるの早いだろうなと最近思っている。
気は早いけど身体が元気に動いてるうちにいろいろやっといた方がいいな。

友だちから年始に「(去年の俺は)サラリーマンみたいなこと言ってるなと思ったことが多かった。」と言われたのが意外とショックだった。
気を使わず動くことから初めていきたい。

そんなこんなでフジロックの全通しチケットを購入した。金は少し足りないが金だけじゃない。買ったらあとは進むのみ。

The Strokesが来たら行くとずっと方々に言っていたしな。今回は12年ぶりの来日らしい。

20歳ぶりに行ってみるかフジロック