中敷きがズレてくような日々

煩悩、戯言の半径30cm

天皇杯優勝に寄せて〜天皇杯決勝 ヴァンフォーレ甲府vsサンフレッチェ広島 2022.10.16


信じられない気分だった。
モニターに映るWINNERSの文字の上にヴァンフォーレのロゴがある。

 

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このチームとの出会いは幸せだったと改めて思った。

 

ヴァンフォーレとの出会い

 

ヴァンフォーレ甲府、それは山梨という田舎町にあるスポーツクラブだ。
僕は青春時代のほとんどを甲府で過ごした。

甲府に来たのは2006年。小学5年生のとき。このときJ1に初めて昇格をしてかなり盛り上がっている頃だ。
Jリーグサポーターの中では伝説扱いされているバレーのダブルハットトリックと停電があった甲府vs柏の入れ替え戦2試合。
それが行われた数ヶ月後に父親の転勤に従い、この土地に住むこととなる。

すでにサッカーは好きだったが観に行ったことは少年団で年に一回くらいしかなかった。
ヴァンフォーレ甲府ウイイレで弱いチームでしょ?という認識しかなかった。

不動産を回っているとき、デスクに小さなヴァンフォーレ甲府の旗が刺さっていたことを覚えている。
それを観て「スタジアムに近いところがいい」と言った記憶もある。

その要望が通るわけではなかったが、たまたま気に入った家が自転車でスタジアムに行けるくらいの距離だった。

最初はヴァンフォーレ自体には興味がなく、ガンバ大阪が試合に来たときに観に行こうというくらい。
甲府の選手で知っているのは林健太郎だけ、地元という認識もなかったので応援する感じでもなかった。

ガンバ大阪との試合を観に行った。
雨が降りしきる中、前年チャンピオンのガンバが甲府に前半0-3で折り返した。
試合内容を詳しく覚えてはいないのだが、甲府ってこんなことができるのかと驚いた。
結果後半を終えても2-3
甲府の勝ち試合だった。
後々気づくのだがこの試合からガンバは調子を落として浦和に首位を明け渡し、最終節の直接対決の末に目の前で浦和に優勝されることとなる。

その後もちらちらと機会を見つければ行くようになった。いつかのナイター清水戦で林健太郎のコンフィットTシャツを買ってもらい、練習場にも行ってサインをもらったり、地元スーパーのオギノの招待券が当たったり、アパートの下の人がチケットをくれたり、時に学校の帰りの会で招待券募集要項が配ばられて応募したり。住んでいるとあらゆる機会でヴァンフォーレに触れるようになった。

好きとは名言してない。あくまで好きなのはガンバ大阪だ、という気持ちがあった。だが生活の身近にあって、どこかほっとけない。そんな感覚を思わしてくれるのがこのヴァンフォーレ甲府。地域密着というものを子どもの頃から肌で味わっていた。

「頑張れ!ヴァンフォーレ甲府!」という旗が街中のあちらこちらに立っていた。ある日から通う小学校の屋上にもそれが2本立ちだした。それを見たときは1本くれないかな、と思った。気づけばそう思うまでに身体を侵食していた。

ついにはお年玉でシーズンチケットを買うようになり、ほぼ毎試合通うようにまでなる。

試合後ヴァンフォーレの服を着て自転車を漕いでいると「今日は勝ったの?」と町の人が声をかけてきたりするような街だった。
小学生の僕は毎日何かのサッカーのユニフォームを着ている人だったので、林健太郎を着ているときは逆に「今日試合ないよね?」と言われていた。

あの頃は毎試合10000人を超えていたお客さんも、J2暮らしがまた長くなり今は4000人行くか行かないか。


1回は乗っかっていた新スタジアム構想も白紙になり、注目度は落ちているように思えた。

今季はついにJ2で22チーム中18位という成績。
天皇杯以外は公式戦7連敗中。11戦勝ちなし。
J1にいた頃にもなかった成績が飛び出してしまっている。


最近2008年の頃の映像を観たのだが、このサポーターの熱狂に打ちのめされた。

https://youtu.be/KXx4P3DVNCY

小瀬にもこんな時代がたしかにあった。いつになったらこれが取り戻せるのだろうという気持ちになった。

 


●決戦の日、日産スタジアム

 

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スタジアムに到着するとどこからこんなに現れたのか?と思うくらいの甲府サポの数に衝撃を受けた。
グッズの列、スタグルの列に甲府サポがやたらいる。そして入場の列もやたらと長い。年齢層も高齢の方も多いがさまざまいた。

同級生と繋がるために持っているInstagramでもかなりの人がこの試合を観に来ていることが確認出来た。1人だけ見かけれたが、彼もサッカーにはそこまで興味があるとは思えない人だった。でもユニフォームは着ていた。

しかも着てる年代のものがかなりバラバラで懐かしいものが満載、背中には懐かしい選手たちの名前がたくさん。
石原克哉荻晃太、久野純也、池端陽介内山俊彦水野晃樹
きっと当時観に来ていた人たちが決勝進出を聞きつけて、タンスから引っ張り出してきたのだろう。

そうやってこれまでスタジアムから足が遠のいていた人も一同に介してこの日は横浜の地に駆けつけていたのだと思う。
そのおかげもあって、地方の小さなクラブの席はサンフレッチェ広島に引けを取らない、むしろそれ以上のお客さんが集まっていた。


背中に記載されている各選手たちはどこでこの戦いを見ているのだろう。ふと現地にいたりするのかな。
バレーなき後にエースとなり、1番最初に甲府サポが夢を見させてもらったであろう茂原岳人のことも思った。
1件で雲隠れしてしまったが、彼もしれっといるのではないか。

そして目の前にダニエルのユニフォームを着た人も現れる。荻晃太、ダニエル、山本英臣のディフェンス三銃士は簡単に破られる気がしなかった。僕の見たヴァンフォーレの思い出のひとつだ。
ダニはもうこの世にはいないんだよな。そんな選手もいるんだよな。

ヴァンフォーレ甲府の歴史は振り返れば長い、そして濃い。
そんな歴史の中で初めて辿り着いた決勝の地。


選手紹介のときも、入場前にピッチに現れる決勝戦の演出にもサポーターは声を上げてその瞬間瞬間を楽しんでいた。

ガンバのゴール裏で決勝の地は何度か踏んでいるが、正直訳が違った。
周りの空気、反応、盛り上がり方、そのひとつひとつが新鮮でクラブ初の決勝というのはあまりにも特別なものだ。

 

●夢の舞台、最高の45分

 

この試合のポイントは先制点。取った方が勝つ。大体のサッカーの試合そうだけど、この試合は特にその色合いが強かった。

準決勝のヒーローだった宮崎純真が数日前の練習で負傷。たまたま公開練習だったその日、現場にサポーターも居合わせていて担架で運ばれていた様子は確認されていたようだ。
「大舞台で強い」と気合い十分だった純真にとっても絶好の舞台を前にして離脱を余儀なくされた。
正直今年の甲府で相手を直接的におどかせる飛車角は三平と純真だったので、まさに飛車落ちでの戦い。

それでもこの日の甲府の前半は完璧に近かった。
広島の強度高いプレスに苦しむときもありながらも案外やれてるぞ。
そして逆に甲府のプレスに広島が困惑している瞬間もあり、甲府に広島味を感じたのもたしかだった。

さらにサイドで行き詰まって挟まれて出れなくなることはまぁまぁあれど、そこに右CB須貝のインナーラップなど正しいサポートがあればペナルティエリアの角での崩しは通用する。

そんななか得たコーナーキック
ショートコーナーからの仕込んできたであろうサインプレーからグラウンダーのクロス。三平が綺麗に流し込む。
甲府がまさかの先制。
時間帯もほぼ準決勝鹿島戦を思わす展開。
目の前にいた友だちと目を見合わせて喜んだ。
今季の甲府はセットプレーがことごとくダメでそれにより勝ち点を拾えなかった試合が非常に多くあった。まさかここで決まるとは。

そして遠いサイドなのでよく分からなかったが、シュートと走り込みの綺麗さで三平だろって分かるくらいのゴール。よく見ればキーパーの股を通している。素晴らしかった。

またこの日はサポーターの声量に驚かされた。
こんなに集まったのか、、、みんなが手を上げて手拍子してる姿は壮観だった。甲府で久々にこの景色が見られるとは。。。嬉しくて普段撮らない動画をいくらか撮ってしまった。

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得点後の熱狂は先日見ていた2008年の熱狂のようだった。あぁ今日は戻ってきたな。
小瀬劇場なんて言葉が生まれた頃があり、何人かの監督が独特な雰囲気でやりにくいと言葉にしたあの空気。
試合前の柏好文佐々木翔、野津田への割れんばかりの拍手。ほとんどどんな選手に対しても少しでも甲府に関わった選手にはこの対応を取る。ブーイングをしていたのを見たのは移籍翌年のバレー、伊東純也、堀米くらい。劇的なステップアップをした選手とファンが特別な思いを寄せた選手。純也のときは拍手かブーイングか論争が起きていたくらいで、翌年からはみんな拍手で歓迎に変わる。
だから未だにロアッソに所属している佐藤優也にも拍手が起こる。
僕ですら佐藤優也がいた時代を知らない。
そんな温かく地元愛が強く、財政難の時代があった歴史を県民も皆共有出来て知っているからこその空気。
どこかハートフルなその空気は勝負事のときに異様に感じる何かがあるのかもしれない。

前半をそのリードを守り切り終える。
まさかの展開にサポーターたちの気持ちの高揚が手に取るように伝わる。

 


●耐える時間

 

迎える後半。
森島とドウグラスに変えて、ベンカリファとエゼキエウを投入。
リーグ戦成績を見てみたが森島司が前半のみで交代した試合なんて1つもなかった。

ここから甲府は鹿島のときと同じように5-4-1のブロックを綺麗に組む。
そこに対してエゼキエウを投入してドリブルで切り裂くのはとても分かる。

60分過ぎ三平と鳥海に変えて、リラと松本凪生を投入。
リラはチームトップの点を取っている。馬力自体は上がるし、個人的には好きな選手。
ただ競り合いは頑張ってくれるが、三平のように細かい守備は出来ないので守り切るにはなかなか苦しくなることは予想された。

その予想は外れなく、このあたりから広島にゴール前まで運ばれる回数は増えてくる。
甲府サポからしたら「耐えてくれ」
この言葉しか浮かばなかったと思う。

65分に甲府は荒木翔に変えてCBの野澤陸を投入。
須貝を左のWBに入れる。鹿島戦と同じ采配だ。

広島は前半から再三甲府の右を狙ってきていた。おそらく須貝が上がっていったところの裏を使うこと、もしかしたら右CBのときはペナルティエリア付近でのファールが多いことも頭に入っていたのかもしれない。
須貝は体力もあり無理が効く分、攻撃でも守備でも飛び出していく。この守り切りの展開でCBに置いておくのは危険と判断していたのかもしれない。

(後の記事によると荒木の捻挫打撲という面もあったそうだ)

それでも1本を自力でシュートまで持っていってくれる馬力があるリラ。
渾身のロングシュートはバーを弾く。

70分に広島は両WBを下げて松本泰志と野上を投入。川村拓夢を左WBへ。攻勢を変えない。
さらに80分には野津田を下げてピエロスを投入。

その数分後、エゼキエウのドリブルで右サイドを切り裂かれた。
少し内側に走り込んでパスを受けた川村拓夢が強烈なシュートを甲府ゴールにぶち込む。
追いつかれた。

「やはりダメか」「やっぱ簡単じゃねぇな」
両方がみんなの頭によぎったと思う。
準決勝ではこのまま逃げ切れたが、同じようにはならなかった。そうだ、ここは決勝なんだ。ここからが決勝がはじまる。

90分で1-1。試合は延長戦に映っていく。

川村拓夢のゴールはもう一度観たいとすぐ思えるくらいシュートが素晴らしくて、これは仕方ないと腹は括れた。

広島は延長戦頭から得点直後に負傷したエゼキエウに変えて住吉ジェラニレーションを投入。塩谷を前線に入れ込んでパワープレーを敢行してきた。


甲府のほうは正直もうここから明らかに何かを起こせる手札はなかった。
フォゲッチとジェトリゥオは夏に来たばかりでリーグ戦での実績も足りない2人だった。
フォゲッチは右WBのみで稼働できる選手でクロス性能はある。ジェトリゥオは守備は頑張れるFWだがシュートはそれこそ天皇杯の福岡戦で大ふかしをした記憶しかなかった。
そしてもう1人は甲府在籍20年の大ベテラン山本英臣だ。

 

山本英臣甲府

 

オミの愛称で親しまれている選手である彼は僕が甲府に出会った頃にはすでに在籍していた。

2009年からはキャプテンを務めていた。もうクラブ在籍の半分の期間である。その後は小出悠太や新井涼平も務めていたのだが、甲府のキャプテンと言えばのイメージがある。

正直こんなに息の長い選手になるとは思わなかった。
気がついたらアンカー、両サイドバックセンターバックと次第にやれるポジションが多くなっていた印象だ。

また結構気性が荒くて割とカードももらいがち。退場も全然あった。
いつかの鹿島戦で興梠と言い合いをしていたときは割と恐ろしかった記憶がある。
それも次第に変わっていき、出れば落ち着く頼れるベテランに変わってきた。
僕の記憶が正しければ、城福監督が率いてた時に「キャプテンが退場したり、出れなくなるというのはどうなんだ?」的なことを言われてから変わったという記事を見て納得した気持ちを覚えているのだがソースがなくて申し訳ない。

オミがいれば安心。出ればひとまず安定させてくれる。
それの究極系が2016年のJ1で披露された山本英臣津田琢磨土屋征夫の合わせて「111歳CB」だったと思う。
風間フロンターレにはボコボコにされたが、当時のドン引き戦術だった甲府においてはかなりの安定感は誇っていたと思う。

甲府におけるオミの使われ方はガンバで言う遠藤保仁くらいの使われ方だったと思う。彼がいれば何かは起きてくれる。そのくらいの安心感。

今季の開幕戦。CBの編成がうまく行かず新井涼平が怪我などで最適解が見出せない中、白羽の矢がオミに立った。
しかし先制した1分後、ペナルティエリアでオミが足を滑らせてしまいドフリーでクロスを上げられて同点弾を許してしまう。
これまでもこういうシーンはなかったわけではないが、今年はこれ以降も特に散見された。

コンディションが上がり切らない。膝にはおそらく爆弾を抱えてるし、そろそろ来るべき時が来てしまうのではないか。シーズン序盤は勝てないことに加えて、そんな悲しみがあった。

シーズン途中の7月期はこれぞオミというプレーが戻ってきてロングフィードなどを見せてくれた印象があったものの、この試合展開に出すのは不安な要素があった。


オミに残された時間はもう少ないのは間違いない中でのこの決勝進出は最後のチャンスだと皆が思っている。
是非優勝するときはピッチの中にいてほしい。

延長後半7分、そのときは来た。

僕もここでのオミの登場には思わず声を上げた。甲府のレジェンド、歴史を背負う男が天皇杯の決勝に立つ意味はあまりにも大きい。

ボランチに入り、ボールの落ち着けどころとしてとりあえずPK戦に持っていくことが使命としての投入だった。


●そして与えられたPK


延長後半11分。
遠くの甲府陣地のペナルティスポットを主審が指差した。
直前にハンドを取られたのは分かったが、それがペナルティスポットの中だったのか?こちらからは遠くて分からないが抗議する様子がそこまで見られず、これは本当にそうなのだろう。

耐えれなかったか…。悔しさが滲んだ。
状況確認のためネットを確認するとハンドを取られたのがオミだと知った。

なんて仕打ちだ。
投入からたった4分後のことだった。
あと少し守りきれればあとは賭けのPK戦なのに。

もうこの時、オミならば仕方がないという気持ちが生まれていた。
これだけ長年活躍してくれたオミがこんな仕打ちを受けるのならば、もう受け入れよう。
なんだかヴァンフォーレらしい話ではないか。

そうは思いながらも僕の手は自然と両手を握り、顔の前に持っていかれた。

キッカーは満田。こちらから見て左に蹴られたボールはキーパー河田の飛ぶ先にあった。

ボールは河田の手にあたりタッチラインを割った。

弾き出した。ネットが揺れなかった。

地響きのような声が周り一帯から聞こえた。
延長戦に入り、死にかけていたサポーターの声が戻ってきた。

河田ももう甲府在籍10年目のベテランだ。
前回のガンバの三冠優勝の年に1年戻っていて、この天皇杯決勝の舞台を経験していた。しかしそのときはベンチのゴールキーパーだ。今回の天皇杯ではスタメンで各試合で素晴らしいセーブも何本か見せていた。

そのド級のものがこの時間に出てきた。

ベテランのミスをベテランが救うその姿に叫んで感動を露わにせざる得なかった。

 

 

●決着のPK戦

 

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PKストップにより試合の空気は明らかに甲府に傾いたままPK戦に突入した。

今日の河田なら1本は確実に止めてくれる。広島が5本中5本決まるというイメージは湧かなかった。

多分全部決めれば勝てる。

テレビの映像で見ると、広島の方は険しい顔で立候補制でキッカーを決めている。甲府の方は吉田達磨監督が笑いながら、和やかな空気でキッカーを発表していた。
タイトルの使命に駆られた者とチャレンジャーの違いがくっきり現れていたように思う。


コイントスに向かうキャプテンは山本英臣佐々木翔
2012年、あの年はJ2で4敗しかせず、24戦無敗という未だ破られない歴史を作っている。本当に守備が固くて、正直負ける気がしなかった。この年に甲府の守備陣を共に支えていたのがまさにこの2人だ。
この年はもちろんJ2優勝をした。甲府にとってその日以来のタイトルに向けての試合が今日なのだ。

10年後、この決勝の舞台でそんな2人がお互いのキャプテンとして決着をつけにいく戦いをしていて、ハグをしている状況には感動しかない。
10年経つと信じられない景色が見られるものだと最近はつくづく感じる。


PK戦は出来れば甲府ゴール裏の前で観たかったがコイントスの結果、広島ゴール裏に。

広島の1人目はソティリウは勢いよく決める。

甲府の1人目はリラ。
相手の逆をついて決める。リラはめちゃくちゃPKが上手い。リーグでも失敗知らずだ。

広島2人目松本泰志が決め切る。

甲府の2人目はジェトリゥオ。
福岡戦のイメージしかないので不安だったのだが、かなり強いシュートを決め切った。

広島の3人目はベンカリファ。
やはり上手い。J1の選手であることを感じる。

甲府3人目は松本凪生。
お得意のほぼミドルシュートのような、ど真ん中を突き刺すシュートに肝の座り方を感じる。彼にはしっかりセレッソの血があることを感じることが多い。

広島の4人目は素晴らしい先制点を決めた川村拓夢。
河田が止めた!コースも甘かったがやはりこの試合の河田はやってくれる予感がした。
それと同時に甲府の優勝が今目の前に吊るされた気持ちでソワソワが止まらなくなってきた。

甲府4人目は石川俊輝。
唯一他のチームで決勝の場に立っていた選手だ。ここが決まればリードになる。
左に蹴ったシュートはキーパー大迫の上を越えて決まった!120分フルタイムで走り切って決めることがどれだけすごいことか。

気持ちがほとばしっていく。

広島の5人目は満田だ。
ついさっき止められた選手が大事な5人目を行く。ここで止められたら試合終了の状況なのだ。2本止められるのは言い訳は効かない。
大卒ルーキーとは思えない背負い方をしているなと感じる。
先ほどとは逆方向の右に蹴り、決める。正直こちらも安心した。

満田へのこともそうだが、甲府の5人目に誰が来るのか想定がついていたのもある。

甲府の5人目で出てくる男はオミだ。
オミがPKを蹴らないわけがない。割と何度か蹴っているのを見たことがある。

そんな都合のいい展開があるのか、と心がほとばしる。
キャプテンマークを巻いた4番が左上の端のキーパーがなかなか触れないコースに決めた瞬間、「あぁ」と言って涙が出てきた。感情が溢れ出した。

隣の友達に抱きつきにいき、さらに隣の友達に抱きつき、そのまま階段に出てサポの知らないおじさんと抱きつき、僕はそのまま通路を両手をあげて闊歩していた。
とにかく喜びを誰かと共有したくなった。
こんな最高の瞬間がこのクラブには待っていたのか。

 

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印象的だったのは選手もサポーターも「おめでとう」という言葉を使うこと。
「やったー!」「よくやった!」じゃない。

素直に考えると「おめでとう」が普通だ。

どこかタイトルを取ったとき自分の事のように偉そうにしてしまうチームがある。それはある種仕方ないこと、勝ちに慣れてしまってるし、勝つことこそ正義だと思っている。
ただまずは讃えあうということが大事なんだ。
甲府は優勝には程遠いというクラブだからこそ、この快挙を前にして「おめでとう」という言葉が素直に出るのだ。

包む空間はどこよりもハッピーな空気だったと思う。
この瞬間まで好きで居続けてよかった。

 

 

●優勝したからこその世界

 

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優勝の日から今日で1週間。
さすがに飲み込めたものの、まだ思い出しては泣きそうになるし、心が幸福になる。とんでもないことを起こしたなという感覚がまだまだある。

最初は勝っても負けても夢の舞台だし、まぁいいかと思っていた。
しかし勝ってからの反響のお祭り騒ぎ。
新聞の一面を飾ったり。帰りの電車のニュース欄に流れてきたり。話題になった旗振りのおじいちゃんの話をサッカー知らない子でも知ってるようになっていたり。
どれも優勝という結果がなければなかったことだと思うと、結果というものは何よりも大事なんだなと思わされた。

今季の8月にvs千葉、vs東京ヴェルディを観たときにチャレンジ精神の足りない0-0を観てガッカリした。
もう今季は終わりだと思って、これが続くなら時間の無駄だから毎試合頑張って観なくていいとすら思った。負けるのも分けるのもいいけど、チャレンジする気持ちや勇気が足りなすぎて憤りを覚える他なかった。特に千葉戦は酷いものだったと思う。
甲府にそんなことを思うのは初めての経験でそのくらい今年は最悪のシーズンだという感想だった。

それが天皇杯のベスト8まで上がってしまい、vsアビスパ福岡戦を北千住のHUBで観た。
勝った瞬間、思わず口が開いたままで言葉が出せなかった。信じられなかった。

ベスト4、vs鹿島戦。
はるばる1人現地まで向かった。
そこであのカシマスタジアムでの歓喜。やっちゃったよ、という感覚。
これまでの観戦体験と比べてもかなり思い出に残った。

そして決勝での前半の完璧な45分。

どの試合も共通していたのはチャレンジが出来ていた。
ボールを握ることをある程度捨てたうえでの試合だったけど、随所にあらわれる崩しは上手いしさすがだと思うものだったので楽しかった。
わざわざしっかり自分たちでボールなんて握らなくていい。充分に楽しい。
このサッカーにこそ甲府の進むべき未来を感じた。立ち帰る場所としては持っていた方がいいと思うが、固執する必要はないのだ。

来年のユニフォームにはエンブレムの上に星がつく。あのエンブレムに星がつくことに違和感しかないが、この感動をその星があることでずっと背負って生きていけると思うと嬉しい。

今は優勝記念グッズを何買おうか毎日悩んでるのが楽しみだ。

 


吉田達磨退任と野沢英之の引退。残りの町田戦、そしていわて戦


試合から2日後、吉田達磨監督の退任が発表された。
正直仕方がなかったと思える。リーグ戦でも内容は勝ってる試合は多いけど、結局勝ち数は1桁台。結果はなによりも大事なのはリーグ戦にも当てはまることだ。
クラブが城福監督のときのようにチームの方向性を定めながら戦えるのならば、達磨でもいけるとは思ったがそれはしないと判断したのだろう。
ただここまで負けが込んでもチームがバラバラにならないで、優勝を成し遂げることがどれだけすごいことか。
それは彼の人柄が素晴らしいことと、相当に人を飲み込む能力があるということだと思う。


この後の試合が本当に重要だ。リーグ戦は残り2試合。
この日戻ってきたサポーターがその日いなくても、勝ったというニュースが流れていれば来年観に来てくれる人は確実に増える。
消化試合だが、ただの消化試合ではなくなってきた。

その中、先日の町田戦は劇的な後半ロスタイム弾で勝ち切った。スタメンはこれまでチャンスがなかなか訪れなかったメンバーで構成されていたが、かなりエモーション全開に出ていた試合だったと思う。
のちに28歳で引退を発表した野沢英之がスタメンでキャプテンで出場。度重なる脳震盪に苦しみヘディングを避けるようになってしまい、100%でやれないなら自分からケジメをつけるとのこと。サッカーのうまさで言ったら、今シーズンもスタメンをはれたくらいだと思うがこの若さで引退。脳は命に関わるから難しい。自分でケジメをつけたのがすごい。
そんな彼の思いもそうだし、達磨にも自分が退任すること以上に柏ユース時代の教え子である工藤壮人への思いがあり、インタビューで「遠い空への思い」を口にして涙する場面もあった。

工藤壮人水頭症によりICUに入ったというニュースが流れたのは天皇杯でタイトルを取ったのと同じ日だった。
中学生から知ってる教え子がICUに入ったというのを自分が1番大きな仕事を成し得たその日に聞くというのはなんの因果だろうか。

そこから1週間も持たずに彼は32歳で亡くなってしまった。個人的にもレイソルの優勝時での活躍を鮮明に覚えているし、何度か生でも観ている選手で僕でも相当応えるものがある。

ただもう明日には最後の最後のいわて戦がある。
きっと看取りに行くことも出来ないし、葬式にも出れないということ考えるとそれだけでも心中計り知れない。


クラブのためにもそう。
野沢のためにもそう。
達磨のためにもそう。

いわて戦は意地でも勝ちたい試合だ。
天皇杯を取ってから初めての山梨での凱旋試合にもなる。いつもより多くのお客さんが集まっているのかも分からない。
きっとこれは勝たなきゃ行けない試合だ。

達磨を今回こそは心からありがとうで送り出せるように。