中敷きがズレてくような日々

煩悩、戯言の半径30cm

都会でスマホがない90分


スマホのバッテリーを変えにAppleまで行った。各説明を受けてスマホを預ける。

「それでは17時15分以降にまたご来店ください。」

その言葉で思い出す。時計を持っていない。
まだ目の前にあった自分のスマホのホームボタンを押す。15時45分。

ここから90分の体内時計を動かし出した。

スマホを持たぬまま都会に出る新鮮さに浮き足だった。極楽とんぼBS日テレで密かにやっている週末極楽旅をよく観ているのだが、その番組では旅先でスマホを取り上げられて記憶と口コミだけで移動する「昭和旅」というものをやっている。結構楽しそうで羨ましかったのだが、プレ昭和時間を過ごせると思ってワクワクした。

思えばもうiPodも持ち歩いていないので聴くものもない。スマホに依存するのが嫌でせめてもの抵抗でしばらく持ち歩いていたが、ここ数年で気づけばスマホに集結させていた。

ポケットに入っているイヤホンもいらないことに気がついて、カバンに放り投げた。

どこに行こうか。カラオケにも行きたい。時間を把握するには1番最適だ。
いやでもどこにカラオケがあるのかもあまり分かっていない。いかにスマホに頼っているかを身で思い知る。
タワーレコードなら目の前にある。レコードを漁りたい。そう思って渋谷タワレコ6Fへ。

最近は中古7インチを漁るのにハマっている。
自分だけのヒット曲を探すのが楽しくなっていて、1960年くらいの楽曲のジャケットすらないものに惹かれている。
コーナーに行くと7インチが潤沢にある。
これ良さそうだなぁというはほぼアーティストの名前とかからインスピレーションで感じている。そんな探し方なのであっという間に良さそうなものが10枚くらい現れた。

でも聴かないとやっぱり分からない。

ジャケットもないのでジャケ買いとか言う話でもない。上級者ならレコード盤の真ん中にアーティストとかタイトルが書いてあるラベル面のデザインとかで、これはこういう音楽の系統だろうなど見分けが付くようなのだが、まだそんな域に自分はいない。

試聴したいが、店員さんに声をかけないといけない。

ここで声をかけることに勇気が出ない。
日頃やってきていないのも大きい。

さらに付随するものが2点ある。
試聴してる間に自分が見られているという感覚になって恥ずかしい。監視されている感が若干気合い入れないと耐えれない。

もう1つはどれも300円のお試し価格のものばかり聴くのが恥ずかしい。

実際自分がレコード屋で勤めてて、周りの人の「こんな値段なら聴かずに買えよ」みたいな言葉を耳にしてるからかもしれない。
そんな言葉を聞きながら「ギャンブルすればいいのに」的な気持ちは少し分かれど、「いや、それ自分が対応するのめんどくさかったからだろ?自分都合だろ?」という気持ちも拭えないまま肯定も否定もせずに飲み込んでいる日々を思い出す。

たしかにこういうギャンブルは大事だよな、とは思いながらも1回棚に置く。

日頃いかにスマホYouTubeに頼りながら試聴をしているかと思わされた。

フロアを歩くとTelevisionのマーキームーンの輸入盤レコードが新品で2,200円で売っている。パンクロックというスタイルはセックス・ピストルズからが始まりとされているが音楽的にはイギーポップが率いるThe StoogesとTelevisionが先駆けと言われている。
今年に入ってボーカルのトム・ヴァーレンが亡くなって、そのタイミングに店頭で流して初めてしっかり聴いてみたのだが、名盤という噂に違わず非常に良かった記憶があった。

心がグラッと揺らいだ。こういうときは知ってるものに心が揺らぐのか。


ただひとつ、Appleで言われたことを思い出した。

「今回のバッテリー交換はAppleCareに入っていて、その他の条件も満たしていますので無償での交換になりますが、中を開けて万が一、水濡れなどの外傷がありますと本体ごとの交換になりまして12,900円をお支払いしていただく形になりますがいかがなさいますか?」

ついこのあいだフジロックのチケットを買ってしまい、ここから少しでも出費を抑えなければというところ。サマソニのチケットもここから買う予定がある。
それだけで83,000円飛ぶところに12,900はまずい。

「あとで考えてもいいですか」と即答で大丈夫ですと言えない自分のお金のなさに少し情けなくなっていた。

ただ事実は事実だ。払うとまずい。

今、2,200円をここで使うことは果たして良いことか?もう少し安価で楽しんだ方が良くないか?

1回忘れるために見ないふりをして歩き出すと、新しい海外アーティストたちがレコメンドされている新譜コーナーに辿り着く。

タワレコの新譜コーナーの視聴機にはCDが据え置きで入っていて、1〜5のボタンを押すとそのアルバムが再生される。迷わずにヘッドホンを手に取ってボタンを押す。

まずはインディーと言われるような女性ボーカルのシンガーソングライター系統がまとまっている場所。
1番を押す、2番を押す、3番を押す…どれを聴いても良い。とても好きだ。
僕は半年持ち歩いて1度も使いどころのなかったメモ帳を取り出して、アーティストとタイトルを記入した。

それぞれのCDの紹介が書いてある店舗独自のポップを思わず手に取りながら聴いた。
そのポップのどれにも文の最後に(武田)の文字がある。
俺はずっと武田さんのレコメンドを聴いているのだな。この人が選んでいる音楽かなりいいな。
今の時代だとTwitterなどネットで話題になっているものが分かって、すぐ聴けるけども昔はそうじゃない。CD屋・レコード屋で音楽を探すというのが普通の文化だったはず。
その時代ではこのポップはこの人が書きましたよ、というのは非常に効果を持っていて、「あの店舗の〇〇さんのレコメンドしてるのは基本どれもいいんだよね。だからあそこ行ったらまず最初にポップの末尾に書いてある名前を見て聴く。」みたいなことはあったのだろうと思った。

今の時代では寂しい話ではあるが試聴コーナーに群がる人はおらず、僕は聴き終えたらそのまま横の試聴機、さらに横の試聴機へとはしごしていった。どのポップにも(武田)と文字があった。

武田さんレコメンドコーナーで時間をかなり潰したぞ。と思いながら体内時計に聞く。それでも1時間は経っていないだろう。40分くらいではないか?

ひとまずフロアをうろちょろして時計を探す。しかしどこにも時計など置いていない。

飾ってあったTejevisionが1枚だけなくなっている光景だけは見えた。1回忘れていたのにな、と思いながら店頭にあるパソコンで時間が確認出来ないかと覗いてみたりもしたが電源が点いていない。

もう携帯は持っていて当たり前のものだからこそ、スマホを持っていないと時間すら気軽に確認出来ない。世の中はスマホありきで移り変わっていることを実感する。

まだ時間があるだろうと思い、いざ決心して7インチの試聴を試みる。
1回3枚までと書いているので、三球入魂のスタイルだ。
インスピレーションで3枚選んで、カウンターに持っていく。

「これ試聴してもいいですか?」とレコードを預ける。
このタイミングで横に使っているであろうパソコンもあったので「いま何時ですか?」も聞いてみるのもありだった。
しかしこれを言う勇気は試聴よりもさらにハードルが高い。スマホありきで移り変わっているので、急に若者が時間を聞くこと自体のハードルがグンっと上がっている。
そのくらい何も思わず答えてほしいな、世知辛いよと思いながらも自分が聞かれても「なんでだ?」と思ってしまうだろう。想像力は大事だ。

結局聞けずじまいのまま試聴台へ。
3枚のうち1枚でもいいの当たってくれ、と思いながら針を落とす。
ガレージ風味な良い感じのイントロ、おぉ来たか?と思いながら聞き進めるが一向に歌い出さない。インストかぁ…インストだと少しイマイチだな。B面もインスト。
2枚目にいく。少し趣は違うがまたインスト。
B面もインスト。
3枚目にいく。これはインストではないがちょっとポップすぎる。オールディーズ風味だけどポップス要素が強い。

あれ、1枚もグッと来なかった。
もう終わり?!みたいな気持ちがクレーンゲームで商品を掴むことも出来なかったときの気持ちに似ていた。

割と毎回レコード屋では良い買い物をしている自負があったのだが、スマホがないと自分の審美眼が炙り出された気持ちだ。

悔しくて同じ3枚の盤をもう一周した。
1枚でもハマらないか?と頑張って聴いてみたが、グッと来ないことに変わりはない。

聴きながら少し打算的な考えが浮かんできた。

1枚でも買えばレシートに時間が表示されて、今が何時何分なのか分かるじゃないか?

しかしそんな117の時報みたいなことするか?300円払ったらそりゃあ時間は分かるかも知れないけど、お金を払って時間をわざわざ確かめるかね?
あとこのグッという感情に嘘はつかない方がいい。という判断の元、全て戻すことに決めた。

振り返ってカウンターを見ると先ほどの店員さんが外人さんと日本語の通じないコミュニケーションをしていて苦戦していた。自分も同じことによくなるので気持ちは分かれど、もうそろそろ時間を知りたい気持ちでうずうずしていた。

しばらく時間がかかりそうだったのでカウンターの側のパソコンにおそらく在庫検索をしに来たタイミングで「すみません。全部キャンセルしときます。」とレコードを縁に置いた。

「えー、いまお客様対応してるので、そこの縁に置いといてください」と言われた。

なんてことはないのだが何故か心にしこりが残った。「かしこまりました。そこ置いといてください。」でいいよな。
ほんとなんてことないし、状況は分かるし、気持ちも充分に分かるから構わないのだけれど。この気持ちはなんだろう。リアル谷川俊太郎だ。
何気ない一言でも大事に対応していかないとなと思った。

そこから万が一の12,900円の支払いにビビって、お金を下ろそうと郵便局に寄る。
中に入るとそこには時計が!16時50分。
こんなにいろいろやっても1時間しか経っていないのかと驚いた。
あと少し時間がある。ATMは混んでいたのでお金を下ろすのはやめて、別のレコード屋さんに向かった。

そこでも7インチを漁る。
なかなかの入荷量だ。見ているといまちょうど欲しいソウルの中でも明るいものというよりはもっと1960年前半の濃いところの楽曲がありそうな雰囲気がした。
しかしやはり聴かないと分からない。自分の審美眼は先ほどで信じられなくなっている。

5枚ほどあったのだが、それはまたも小さなメモ帳にアーティスト、タイトル、盤の規格番号と値段までもを書いた。
ボールペンを持ってメモをしているのも見られると怪訝な目で見られそうなので、少し身体で隠しながらメモを走り書いた。
文字を書く機会も着実に減っているので元々汚い字が自分でもギリギリ読めないくらい汚い。

そんななかでもJOSH WHITEというブルースシンガーだけはなんとなく知っていたので購入しようと決めた。

レシートを見ると17時19分。
ついに過ぎた!と思い、Appleに戻る。

水濡れなどの問題はなく無償での交換が成功。めちゃくちゃホッとした。

早く先ほどの楽曲たちが聴きたくて、Appleを出てすぐ横のビルの前で先ほどメモした5枚をYouTubeで聴いていた。

やはりスマホには頼り切ることになるだなと思ったと同時にスマホがないままレコードを漁ることすらも不安なのか、と少し自分に情けなくなったりもした。

ただ今の時代で携帯を持たないことと、昔の時代で携帯を持たないことは意味合いが普通に変わってきていることをとても実感させられた90分だった。

ないからこそ気づく部分があるのも確かでとてもいい休日を過ごせた。

今日買った中から1枚だけ聴いてから寝よう。