中敷きがズレてくような日々

煩悩、戯言の半径30cm

挟まれてペラペラな僕の年末


年末は酷いもんだった。

人とのコミュニケーションは常に1対1が好きだ。その方が目の前の人から聞き出したい話を聞きやすいからだ。ただ自分が緊張してなんも浮かばないときもあるけど。

職場でも自分が緊張せずにやれる人には1対1でコミュニケーションを取っていくのが自分の基本だ。それが故に人との間に入ってしまうことが多い。

それをどうにか上手くこなしていたが、ついに無理が来たのが昨年末。

職場が故のトラブルとなんてことじゃないトラブルが同時に襲いかかってきて気疲れが酷かった。

2人とも自分が最後の砦くらいで庇っていたが故にその2人から別件ではあるものの責められたり距離を取られたりしてしまって、なかなか辛くなってしまった。

自分が責められて然るべき部分とそうじゃない部分のあった人との恋愛に首を突っ込んでしまった話。(職場恋愛ではない。)
職場として他の人と喧嘩するなと言った翌日に揉め事を起こしてしまう話。

特に2個目の方は特にしんどく、いまだに尾を引いている部分がある。

人生において人に怒った経験がほとんどなく、注意をするという行為もかなりの苦手ながら年齢も上の立場になってきた自覚から昨年ほんと少しだけやるようにしていた。

しかし注意の仕方に優しさを残してしまう。多分自分を守るための優しさでもある。

仕事は出来ないのは仕方ないが、人と喧嘩をするのは違う。しかもそれを起こしてしまう相手が複数人いる。中には目上の人もいる。
社員会議に参加してあまりに人とトラブルを起こすようだとクビもあり得るという話だった。クビにすることは可能だと。

それを踏まえた上でとりあえず人と喧嘩をするなと注意をしたが翌日にまた目上の人と言い合いをしてる。

言い合いが行われた当日は自分はいない日だった。
その話は当日LINEで別の人から聞き、翌日出勤したときに目上の人にも直接こんなことがあってと話をされた。彼への批判をいろんなところで聞くたびに彼と仲良くしてる方である自分は責任を背負い込んだ。

その日にまた彼と話をした。
目上の人が間違えている部分も少なからずあるのだろう。納得いかないところもあるのだろう。舐めているのは知っている。でもとりあえず簡単な言葉だけでいいから謝ってくれ。今は分からんでも形から入るものもある。

まっすぐな彼は「それはないですって!いやぁそれはないですよ!」と言う。
そう、過去のものを読んでくれている方はお気づきだろうが、以前もここで書いている彼の話だ。

俺だって彼の真っすぐさに感心したり、笑っていたりしたいのだが今はもうその段階にいないのだ。

「トラブル起こすなって言われた翌日に起こしちゃって」と笑いながら言い、反省の色や悪気などない状況だった。
そこから説得はおそらく20分ほどに及んでいたと思うが結局彼は謝ることはなかった。

その瞬間の正しい間違いだけで判断しているのだろうか。そもそも誰もそんな喧嘩など起こしてない環境で1人ならまだしも何人とも喧嘩している状況では絶対彼が100%正しいことなんてないはずなのだ。間違ってる部分が大いにある。確実に。

彼はみんなが頭を悩ましてることを分かってくれない。そんなことまでこっちで言うのはもう違うだろの域まで達しているし、自分で気がつかない限りはこのままだ。

自分もテレビのADの仕事のあとにCDショップのバイトに来たとき、最初が故の仕事内容の楽さと定時でスパッと帰れることに対して興奮すら覚えていた。そうして仕事を舐めていた時期があり、それが周りにバレていて彼と同じように店長直々に複数のスタッフから非難が相次いでいると言われたことがあった。そのときは彼と同じでピンとこなかったのだが、その面談の翌日に普段怒らない人からバチギレされて目が覚め出した。

きっと種類は違うのだが同じ境遇を辿ってはいる。

なんで俺はこうも怒ることが出来ないのかなと思う。怒ると慣れてない人みたいな感じでめちゃくちゃ詰めてしまうと思う。それはきっと違う。

注意をした翌日から彼は自分に対して素っ気なくなった。
問題は自分にあるのに、それを指摘して現実を突きつけた人が嫌われる現象だと思った。
そんなのお前が弱いだけじゃないか、自分の治さなきゃいけない部分から逃げてるだけじゃないか。

普段ならこういうときに自分から話しかけに行って「どうした?変だぞ?」とか言って話を振ってしまうのだが、
これは俺から話しかけるのは彼のためにもならないだろうと思って堪えることにした。

すると自分がやりたいようにのびのびできなくなった。

俺が他の人にどんなに明るく振る舞っていようともその姿を遠くから見た彼はまた自分に対してよくない感情を抱くのだろうと思うようになってしまった。元気はないが上げようと思えば上げれるのに気にしてしまって相対的に元気がなくなって行く。

明日になったら大丈夫だろう。と思って出勤するも同じループにハマってしまう。

それに気づかれて社員の人に「どうした?最近、元気ないな」と言われる。
ただこの理由を言ってしまうと彼の立場はさらに危うくはなるだろうと思い、話を流した。

ただ一向に治る気配がない。家に帰ったら年末の大型お笑い特番を連日観て腹抱えて笑うのだが、朝になるともうなんのその。出勤すればまた元通り。

改めて「やっぱり最近元気ないよ」と言われて、我慢出来ずに白状した。

そして店舗の奥まったところでその人と面談が開催されたのが大晦日だ。
接客業において1年で1番の繁忙日とされる大晦日に自分のメンタルケアのための面談が開催されるのは恥ずかしいったらありゃしなかった。

「そんなに人を変えれるほど、自分は偉くないでしょ?相手に期待しすぎだよ」

そんな言葉をかけられて、自分の中で人を変えたいという欲があることに気がついた。
実は自分は人を変えれるほど偉くないなんて思っていなくて、「自分の力で人を変えれてきた」と思っていた。
きっとあながち間違ってない。そんなこともあった気がするけど、言われてみるとないかもしれない。
変わるきっかけは与えられたのかもしれないけど、変わってくれたのは当人たちの力だ。
なんだかそこを忘れて驕り高ぶっていたように思えた。

「たまにムカつくときあるもん。出来もしないのに拾いあげようと、助けようとしてあたふたしてるの見て」とも言われた。

「間に挟まれてるというか、自分から間に挟まれに行ってるんだよ」

いつもの自分が聞いたら「冷たいな」と思いそうなものでも、そのときの自分には間違いなく1番必要な言葉が次々と飛び出てきた。

おかげさまで1日の正月休みを挟んで、自分自身の心はリセット出来た。

彼との距離感はそのまんまだ。
年末よりはほんの少しだけマシだけど。

さぁ彼はどうするのだろう。このまま自分から逃げ続けてしまうのだろうか。

 

二十歳との距離のはかりかた


また新しい子たちが入ってきた。
まだみんなに興味を持てている。
どんな音楽を聴くんだろ?どんな生活を日ごろしてるんだろ?
いろいろと聞き出していく。掘っていくとおもしろいことが大概現れる。
これを学生の頃から永遠とやっている。

入ってくる子たちは大学生だったり二十歳そこらの子が多い。
そういう子たちの話を聞くのが特に本望だ。
常に若い子の感覚っては早くて、たった3つしか違わなくても感性が大きく違う。
猫ひろしの「らっせら〜らっせら〜」が伝わらない世代が僕の少し下まで来ている。少し下の世代ではカンボジアのマラソン選手だ。

世代間というものは自分にはない感覚を得れることが多くて、それだけでも価値がある。
それを埋め合わせては新しい自分にブラッシュアップしていくのは楽しい。
もちろん変えれない部分もあって、それはそれでいい。好みの部分は変えなくたっていいけど知っておくのはとても大事だ。

この間は21の女の子が入ってきた。
早速いろいろ話したり、初日から昼飯行ったりした。
聞けば俺でも知ってるくらいの芸能グランプリのファイナリストで芸能事務所に誘われて数週間前に上京してきたばかり。
何者かになりたくても、何者にもなれなかった、正確にはなる勇気もなかった自分にとってはゾクゾクするような話。
その瀬戸際に今まさに立つ女の子が目の前にいて、彼女は決断をして飛び出してきている。そこに興味しかない。同じ職場にいるのに自分と彼女では所属している理由や経緯が大きく意味が違う。

そこを飛び出せた勇気や気持ちはやはりノリだったのか?すごく気になるがそれは直接聞いても正しい答えは返ってこない気がしてる。ノリだと言われたら本当にそれまでだから。でもそれ以外に付随する、そのノリのひとことで片付けられない何かがこの子にはあったのかもしれない。だからこの子自身の人となりを知ってから真実に迫ろうとする。

こんなコミュニケーションの取り方なので複数人より、1対1で話すのがとても好きだしやりやすい。
緊張するとなぜか自分の話で終始するけどそういうのはもう減ってきた。

2人きりのコミュニケーションを取りたくても大人になると男女というものが邪魔してくる。
自分にはその気はさらさらなくても世の中とかそういうものさしを置いた時に拒否されることがある。とても悔しい事案でこれといつも僕は戦っている。
そういうのを気にしないでいてくれてる人というのはとてもありがたくて、末永く仲良くさせてもらっている。

ただここ数日会ったばかりの人にそんな警戒心なくいてくれる人などかなり少ないだろう。

自分が歳を取るにつれて話を聞く対象の子たちとどんどん歳が離れていく。
今はまだ27歳だから6、7歳差とかで済んでいるが自分が40になったらもう20歳差だ。

こんなことを永遠にしてたいけど、もうそろそろ出来なくなるのかな。

諸行無常の響きが僕の心を打つ。


ただ逆のパターンを思い返す。

40代の人とも仲良く話したりしてくれていたりする。当時の話を楽しんで聞く時間もある。僕はその人たちに対してもいろんなことを聞きまくっている。その人たちと僕は20歳差だ。
そこは友達と言っていいくらい仲良くさせてもらっている。

こういう形もあるのならば、あり得るのかなと言う考えが自分の中で薄光としてぼんやり見える。

にしても話を聞き出すにあたっては男女というものはすこぶる邪魔だなぁ。

まだみんなに興味を持てているが、こういうのが原因で縮こまって興味を持てなくなるのは嫌だなと、まだ思えている。

 

近所の少年サッカーを見てきた


父親が少年サッカーを教えている。
4年ぶりくらいに顔を出してみた。

小学生に物事を教えるのは難しい。あれやこれや教えこんでも理解もできなければ表現も出来ないこともある。教えることは大人相手でも難しいのに。

ボールを持っても誰ももらいに行こうとしない。守備だけで満足してしまってる。
サッカーをプレーすることが好きな子なら攻撃だけして満足して守備が出来ないのだが、逆に攻撃出来る自信がないから守備だけで満足している。負け癖がついているからだろう。

それでも試合後に「楽しかった!」と言う声が出る。そこはおそらく父親の指導方針がうまくいっている部分なのだろう。教育としてはむしろ問題なく、サッカーだけではなく生活の面の話も含めて教えている。
そういう指導だからこそ辞める子も他の学年に比べて少ないうえに、ただの練習試合にも関わらず親御さんがたくさんいる。

その楽しかった気持ちは大事にしながらも、メリハリはもっとつけないといけないと思った。
前半終了してもしばらく止まってベンチに返ってこなかったり、相手チームが後半開始のポジションついているのに座ったまま2分くらい待たせてしまっていたり、フリーキックコーナーキックになったときにダラダラしてたり。
仲よく楽しくはいいことなのだが、このままだとさすがに相手チームにも迷惑がかかりそうだ。

さらに気になったのはフリーキックのときにボールよりも前にいる子が1人しかいないのも問題だった。他の子はみんな後ろに下がったまま。おそらくボールを蹴る技術に自信がない故にボールを受けることを恐れている。中学生のときに部活をしてた自分もまるでそうだったことを思い出した。他の子がボール持つ方が絶対によかったので、受けれそうなところは分かってもそこに移動せず、むしろ離れていた。

基礎技術を上げる以外ないし、それが上がらなくてもどうやったらボールを受けても逃げれるのかを指南して与えてあげないといけないと思った。ミスすると分かったままボールを受けたいとは思わないだろう。

試合は当然だがボロ負け。
最後の4分が自分たちのペースになったのだが、それは前線からのプレスが効いて相手がアタフタして自分たちのペースに持ち込めた。

きっと走ることは好きなのだろうと印象。15分ハーフなら体力は全然やれそう。
守備のほうが相手に向かって走ればいいので分かりやすい。それがハマったので何人もが出足良く走れたのだろう。

攻撃時は逆に走れない。サポートが0に等しい。顔を出す子がいない。どこに走ればいいのか分かっていないから。

守備のほうが走れるのはボールを奪うという目的が理解出来ているから。それはいいところ。
サッカーはゴールを奪うスポーツなので、目的はそこに転換していかないといけない。
しかし自分たちがゴールを決めれると思っていないから走れないところもあるはず。
聞けばいつもゴール決めるのは上手な10番の子の1人だけだった。

そんな状況でも楽しいと思えている。それはそれですごい。
でもせっかくなら勝てた方が楽しいだろうな。

まずはメリハリをつけるところから頑張ってほしい。このくらいなら小学4年生ならそろそろ聞き分けあると思う。

天皇杯優勝に寄せて〜天皇杯決勝 ヴァンフォーレ甲府vsサンフレッチェ広島 2022.10.16


信じられない気分だった。
モニターに映るWINNERSの文字の上にヴァンフォーレのロゴがある。

 

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このチームとの出会いは幸せだったと改めて思った。

 

ヴァンフォーレとの出会い

 

ヴァンフォーレ甲府、それは山梨という田舎町にあるスポーツクラブだ。
僕は青春時代のほとんどを甲府で過ごした。

甲府に来たのは2006年。小学5年生のとき。このときJ1に初めて昇格をしてかなり盛り上がっている頃だ。
Jリーグサポーターの中では伝説扱いされているバレーのダブルハットトリックと停電があった甲府vs柏の入れ替え戦2試合。
それが行われた数ヶ月後に父親の転勤に従い、この土地に住むこととなる。

すでにサッカーは好きだったが観に行ったことは少年団で年に一回くらいしかなかった。
ヴァンフォーレ甲府ウイイレで弱いチームでしょ?という認識しかなかった。

不動産を回っているとき、デスクに小さなヴァンフォーレ甲府の旗が刺さっていたことを覚えている。
それを観て「スタジアムに近いところがいい」と言った記憶もある。

その要望が通るわけではなかったが、たまたま気に入った家が自転車でスタジアムに行けるくらいの距離だった。

最初はヴァンフォーレ自体には興味がなく、ガンバ大阪が試合に来たときに観に行こうというくらい。
甲府の選手で知っているのは林健太郎だけ、地元という認識もなかったので応援する感じでもなかった。

ガンバ大阪との試合を観に行った。
雨が降りしきる中、前年チャンピオンのガンバが甲府に前半0-3で折り返した。
試合内容を詳しく覚えてはいないのだが、甲府ってこんなことができるのかと驚いた。
結果後半を終えても2-3
甲府の勝ち試合だった。
後々気づくのだがこの試合からガンバは調子を落として浦和に首位を明け渡し、最終節の直接対決の末に目の前で浦和に優勝されることとなる。

その後もちらちらと機会を見つければ行くようになった。いつかのナイター清水戦で林健太郎のコンフィットTシャツを買ってもらい、練習場にも行ってサインをもらったり、地元スーパーのオギノの招待券が当たったり、アパートの下の人がチケットをくれたり、時に学校の帰りの会で招待券募集要項が配ばられて応募したり。住んでいるとあらゆる機会でヴァンフォーレに触れるようになった。

好きとは名言してない。あくまで好きなのはガンバ大阪だ、という気持ちがあった。だが生活の身近にあって、どこかほっとけない。そんな感覚を思わしてくれるのがこのヴァンフォーレ甲府。地域密着というものを子どもの頃から肌で味わっていた。

「頑張れ!ヴァンフォーレ甲府!」という旗が街中のあちらこちらに立っていた。ある日から通う小学校の屋上にもそれが2本立ちだした。それを見たときは1本くれないかな、と思った。気づけばそう思うまでに身体を侵食していた。

ついにはお年玉でシーズンチケットを買うようになり、ほぼ毎試合通うようにまでなる。

試合後ヴァンフォーレの服を着て自転車を漕いでいると「今日は勝ったの?」と町の人が声をかけてきたりするような街だった。
小学生の僕は毎日何かのサッカーのユニフォームを着ている人だったので、林健太郎を着ているときは逆に「今日試合ないよね?」と言われていた。

あの頃は毎試合10000人を超えていたお客さんも、J2暮らしがまた長くなり今は4000人行くか行かないか。


1回は乗っかっていた新スタジアム構想も白紙になり、注目度は落ちているように思えた。

今季はついにJ2で22チーム中18位という成績。
天皇杯以外は公式戦7連敗中。11戦勝ちなし。
J1にいた頃にもなかった成績が飛び出してしまっている。


最近2008年の頃の映像を観たのだが、このサポーターの熱狂に打ちのめされた。

https://youtu.be/KXx4P3DVNCY

小瀬にもこんな時代がたしかにあった。いつになったらこれが取り戻せるのだろうという気持ちになった。

 


●決戦の日、日産スタジアム

 

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スタジアムに到着するとどこからこんなに現れたのか?と思うくらいの甲府サポの数に衝撃を受けた。
グッズの列、スタグルの列に甲府サポがやたらいる。そして入場の列もやたらと長い。年齢層も高齢の方も多いがさまざまいた。

同級生と繋がるために持っているInstagramでもかなりの人がこの試合を観に来ていることが確認出来た。1人だけ見かけれたが、彼もサッカーにはそこまで興味があるとは思えない人だった。でもユニフォームは着ていた。

しかも着てる年代のものがかなりバラバラで懐かしいものが満載、背中には懐かしい選手たちの名前がたくさん。
石原克哉荻晃太、久野純也、池端陽介内山俊彦水野晃樹
きっと当時観に来ていた人たちが決勝進出を聞きつけて、タンスから引っ張り出してきたのだろう。

そうやってこれまでスタジアムから足が遠のいていた人も一同に介してこの日は横浜の地に駆けつけていたのだと思う。
そのおかげもあって、地方の小さなクラブの席はサンフレッチェ広島に引けを取らない、むしろそれ以上のお客さんが集まっていた。


背中に記載されている各選手たちはどこでこの戦いを見ているのだろう。ふと現地にいたりするのかな。
バレーなき後にエースとなり、1番最初に甲府サポが夢を見させてもらったであろう茂原岳人のことも思った。
1件で雲隠れしてしまったが、彼もしれっといるのではないか。

そして目の前にダニエルのユニフォームを着た人も現れる。荻晃太、ダニエル、山本英臣のディフェンス三銃士は簡単に破られる気がしなかった。僕の見たヴァンフォーレの思い出のひとつだ。
ダニはもうこの世にはいないんだよな。そんな選手もいるんだよな。

ヴァンフォーレ甲府の歴史は振り返れば長い、そして濃い。
そんな歴史の中で初めて辿り着いた決勝の地。


選手紹介のときも、入場前にピッチに現れる決勝戦の演出にもサポーターは声を上げてその瞬間瞬間を楽しんでいた。

ガンバのゴール裏で決勝の地は何度か踏んでいるが、正直訳が違った。
周りの空気、反応、盛り上がり方、そのひとつひとつが新鮮でクラブ初の決勝というのはあまりにも特別なものだ。

 

●夢の舞台、最高の45分

 

この試合のポイントは先制点。取った方が勝つ。大体のサッカーの試合そうだけど、この試合は特にその色合いが強かった。

準決勝のヒーローだった宮崎純真が数日前の練習で負傷。たまたま公開練習だったその日、現場にサポーターも居合わせていて担架で運ばれていた様子は確認されていたようだ。
「大舞台で強い」と気合い十分だった純真にとっても絶好の舞台を前にして離脱を余儀なくされた。
正直今年の甲府で相手を直接的におどかせる飛車角は三平と純真だったので、まさに飛車落ちでの戦い。

それでもこの日の甲府の前半は完璧に近かった。
広島の強度高いプレスに苦しむときもありながらも案外やれてるぞ。
そして逆に甲府のプレスに広島が困惑している瞬間もあり、甲府に広島味を感じたのもたしかだった。

さらにサイドで行き詰まって挟まれて出れなくなることはまぁまぁあれど、そこに右CB須貝のインナーラップなど正しいサポートがあればペナルティエリアの角での崩しは通用する。

そんななか得たコーナーキック
ショートコーナーからの仕込んできたであろうサインプレーからグラウンダーのクロス。三平が綺麗に流し込む。
甲府がまさかの先制。
時間帯もほぼ準決勝鹿島戦を思わす展開。
目の前にいた友だちと目を見合わせて喜んだ。
今季の甲府はセットプレーがことごとくダメでそれにより勝ち点を拾えなかった試合が非常に多くあった。まさかここで決まるとは。

そして遠いサイドなのでよく分からなかったが、シュートと走り込みの綺麗さで三平だろって分かるくらいのゴール。よく見ればキーパーの股を通している。素晴らしかった。

またこの日はサポーターの声量に驚かされた。
こんなに集まったのか、、、みんなが手を上げて手拍子してる姿は壮観だった。甲府で久々にこの景色が見られるとは。。。嬉しくて普段撮らない動画をいくらか撮ってしまった。

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得点後の熱狂は先日見ていた2008年の熱狂のようだった。あぁ今日は戻ってきたな。
小瀬劇場なんて言葉が生まれた頃があり、何人かの監督が独特な雰囲気でやりにくいと言葉にしたあの空気。
試合前の柏好文佐々木翔、野津田への割れんばかりの拍手。ほとんどどんな選手に対しても少しでも甲府に関わった選手にはこの対応を取る。ブーイングをしていたのを見たのは移籍翌年のバレー、伊東純也、堀米くらい。劇的なステップアップをした選手とファンが特別な思いを寄せた選手。純也のときは拍手かブーイングか論争が起きていたくらいで、翌年からはみんな拍手で歓迎に変わる。
だから未だにロアッソに所属している佐藤優也にも拍手が起こる。
僕ですら佐藤優也がいた時代を知らない。
そんな温かく地元愛が強く、財政難の時代があった歴史を県民も皆共有出来て知っているからこその空気。
どこかハートフルなその空気は勝負事のときに異様に感じる何かがあるのかもしれない。

前半をそのリードを守り切り終える。
まさかの展開にサポーターたちの気持ちの高揚が手に取るように伝わる。

 


●耐える時間

 

迎える後半。
森島とドウグラスに変えて、ベンカリファとエゼキエウを投入。
リーグ戦成績を見てみたが森島司が前半のみで交代した試合なんて1つもなかった。

ここから甲府は鹿島のときと同じように5-4-1のブロックを綺麗に組む。
そこに対してエゼキエウを投入してドリブルで切り裂くのはとても分かる。

60分過ぎ三平と鳥海に変えて、リラと松本凪生を投入。
リラはチームトップの点を取っている。馬力自体は上がるし、個人的には好きな選手。
ただ競り合いは頑張ってくれるが、三平のように細かい守備は出来ないので守り切るにはなかなか苦しくなることは予想された。

その予想は外れなく、このあたりから広島にゴール前まで運ばれる回数は増えてくる。
甲府サポからしたら「耐えてくれ」
この言葉しか浮かばなかったと思う。

65分に甲府は荒木翔に変えてCBの野澤陸を投入。
須貝を左のWBに入れる。鹿島戦と同じ采配だ。

広島は前半から再三甲府の右を狙ってきていた。おそらく須貝が上がっていったところの裏を使うこと、もしかしたら右CBのときはペナルティエリア付近でのファールが多いことも頭に入っていたのかもしれない。
須貝は体力もあり無理が効く分、攻撃でも守備でも飛び出していく。この守り切りの展開でCBに置いておくのは危険と判断していたのかもしれない。

(後の記事によると荒木の捻挫打撲という面もあったそうだ)

それでも1本を自力でシュートまで持っていってくれる馬力があるリラ。
渾身のロングシュートはバーを弾く。

70分に広島は両WBを下げて松本泰志と野上を投入。川村拓夢を左WBへ。攻勢を変えない。
さらに80分には野津田を下げてピエロスを投入。

その数分後、エゼキエウのドリブルで右サイドを切り裂かれた。
少し内側に走り込んでパスを受けた川村拓夢が強烈なシュートを甲府ゴールにぶち込む。
追いつかれた。

「やはりダメか」「やっぱ簡単じゃねぇな」
両方がみんなの頭によぎったと思う。
準決勝ではこのまま逃げ切れたが、同じようにはならなかった。そうだ、ここは決勝なんだ。ここからが決勝がはじまる。

90分で1-1。試合は延長戦に映っていく。

川村拓夢のゴールはもう一度観たいとすぐ思えるくらいシュートが素晴らしくて、これは仕方ないと腹は括れた。

広島は延長戦頭から得点直後に負傷したエゼキエウに変えて住吉ジェラニレーションを投入。塩谷を前線に入れ込んでパワープレーを敢行してきた。


甲府のほうは正直もうここから明らかに何かを起こせる手札はなかった。
フォゲッチとジェトリゥオは夏に来たばかりでリーグ戦での実績も足りない2人だった。
フォゲッチは右WBのみで稼働できる選手でクロス性能はある。ジェトリゥオは守備は頑張れるFWだがシュートはそれこそ天皇杯の福岡戦で大ふかしをした記憶しかなかった。
そしてもう1人は甲府在籍20年の大ベテラン山本英臣だ。

 

山本英臣甲府

 

オミの愛称で親しまれている選手である彼は僕が甲府に出会った頃にはすでに在籍していた。

2009年からはキャプテンを務めていた。もうクラブ在籍の半分の期間である。その後は小出悠太や新井涼平も務めていたのだが、甲府のキャプテンと言えばのイメージがある。

正直こんなに息の長い選手になるとは思わなかった。
気がついたらアンカー、両サイドバックセンターバックと次第にやれるポジションが多くなっていた印象だ。

また結構気性が荒くて割とカードももらいがち。退場も全然あった。
いつかの鹿島戦で興梠と言い合いをしていたときは割と恐ろしかった記憶がある。
それも次第に変わっていき、出れば落ち着く頼れるベテランに変わってきた。
僕の記憶が正しければ、城福監督が率いてた時に「キャプテンが退場したり、出れなくなるというのはどうなんだ?」的なことを言われてから変わったという記事を見て納得した気持ちを覚えているのだがソースがなくて申し訳ない。

オミがいれば安心。出ればひとまず安定させてくれる。
それの究極系が2016年のJ1で披露された山本英臣津田琢磨土屋征夫の合わせて「111歳CB」だったと思う。
風間フロンターレにはボコボコにされたが、当時のドン引き戦術だった甲府においてはかなりの安定感は誇っていたと思う。

甲府におけるオミの使われ方はガンバで言う遠藤保仁くらいの使われ方だったと思う。彼がいれば何かは起きてくれる。そのくらいの安心感。

今季の開幕戦。CBの編成がうまく行かず新井涼平が怪我などで最適解が見出せない中、白羽の矢がオミに立った。
しかし先制した1分後、ペナルティエリアでオミが足を滑らせてしまいドフリーでクロスを上げられて同点弾を許してしまう。
これまでもこういうシーンはなかったわけではないが、今年はこれ以降も特に散見された。

コンディションが上がり切らない。膝にはおそらく爆弾を抱えてるし、そろそろ来るべき時が来てしまうのではないか。シーズン序盤は勝てないことに加えて、そんな悲しみがあった。

シーズン途中の7月期はこれぞオミというプレーが戻ってきてロングフィードなどを見せてくれた印象があったものの、この試合展開に出すのは不安な要素があった。


オミに残された時間はもう少ないのは間違いない中でのこの決勝進出は最後のチャンスだと皆が思っている。
是非優勝するときはピッチの中にいてほしい。

延長後半7分、そのときは来た。

僕もここでのオミの登場には思わず声を上げた。甲府のレジェンド、歴史を背負う男が天皇杯の決勝に立つ意味はあまりにも大きい。

ボランチに入り、ボールの落ち着けどころとしてとりあえずPK戦に持っていくことが使命としての投入だった。


●そして与えられたPK


延長後半11分。
遠くの甲府陣地のペナルティスポットを主審が指差した。
直前にハンドを取られたのは分かったが、それがペナルティスポットの中だったのか?こちらからは遠くて分からないが抗議する様子がそこまで見られず、これは本当にそうなのだろう。

耐えれなかったか…。悔しさが滲んだ。
状況確認のためネットを確認するとハンドを取られたのがオミだと知った。

なんて仕打ちだ。
投入からたった4分後のことだった。
あと少し守りきれればあとは賭けのPK戦なのに。

もうこの時、オミならば仕方がないという気持ちが生まれていた。
これだけ長年活躍してくれたオミがこんな仕打ちを受けるのならば、もう受け入れよう。
なんだかヴァンフォーレらしい話ではないか。

そうは思いながらも僕の手は自然と両手を握り、顔の前に持っていかれた。

キッカーは満田。こちらから見て左に蹴られたボールはキーパー河田の飛ぶ先にあった。

ボールは河田の手にあたりタッチラインを割った。

弾き出した。ネットが揺れなかった。

地響きのような声が周り一帯から聞こえた。
延長戦に入り、死にかけていたサポーターの声が戻ってきた。

河田ももう甲府在籍10年目のベテランだ。
前回のガンバの三冠優勝の年に1年戻っていて、この天皇杯決勝の舞台を経験していた。しかしそのときはベンチのゴールキーパーだ。今回の天皇杯ではスタメンで各試合で素晴らしいセーブも何本か見せていた。

そのド級のものがこの時間に出てきた。

ベテランのミスをベテランが救うその姿に叫んで感動を露わにせざる得なかった。

 

 

●決着のPK戦

 

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PKストップにより試合の空気は明らかに甲府に傾いたままPK戦に突入した。

今日の河田なら1本は確実に止めてくれる。広島が5本中5本決まるというイメージは湧かなかった。

多分全部決めれば勝てる。

テレビの映像で見ると、広島の方は険しい顔で立候補制でキッカーを決めている。甲府の方は吉田達磨監督が笑いながら、和やかな空気でキッカーを発表していた。
タイトルの使命に駆られた者とチャレンジャーの違いがくっきり現れていたように思う。


コイントスに向かうキャプテンは山本英臣佐々木翔
2012年、あの年はJ2で4敗しかせず、24戦無敗という未だ破られない歴史を作っている。本当に守備が固くて、正直負ける気がしなかった。この年に甲府の守備陣を共に支えていたのがまさにこの2人だ。
この年はもちろんJ2優勝をした。甲府にとってその日以来のタイトルに向けての試合が今日なのだ。

10年後、この決勝の舞台でそんな2人がお互いのキャプテンとして決着をつけにいく戦いをしていて、ハグをしている状況には感動しかない。
10年経つと信じられない景色が見られるものだと最近はつくづく感じる。


PK戦は出来れば甲府ゴール裏の前で観たかったがコイントスの結果、広島ゴール裏に。

広島の1人目はソティリウは勢いよく決める。

甲府の1人目はリラ。
相手の逆をついて決める。リラはめちゃくちゃPKが上手い。リーグでも失敗知らずだ。

広島2人目松本泰志が決め切る。

甲府の2人目はジェトリゥオ。
福岡戦のイメージしかないので不安だったのだが、かなり強いシュートを決め切った。

広島の3人目はベンカリファ。
やはり上手い。J1の選手であることを感じる。

甲府3人目は松本凪生。
お得意のほぼミドルシュートのような、ど真ん中を突き刺すシュートに肝の座り方を感じる。彼にはしっかりセレッソの血があることを感じることが多い。

広島の4人目は素晴らしい先制点を決めた川村拓夢。
河田が止めた!コースも甘かったがやはりこの試合の河田はやってくれる予感がした。
それと同時に甲府の優勝が今目の前に吊るされた気持ちでソワソワが止まらなくなってきた。

甲府4人目は石川俊輝。
唯一他のチームで決勝の場に立っていた選手だ。ここが決まればリードになる。
左に蹴ったシュートはキーパー大迫の上を越えて決まった!120分フルタイムで走り切って決めることがどれだけすごいことか。

気持ちがほとばしっていく。

広島の5人目は満田だ。
ついさっき止められた選手が大事な5人目を行く。ここで止められたら試合終了の状況なのだ。2本止められるのは言い訳は効かない。
大卒ルーキーとは思えない背負い方をしているなと感じる。
先ほどとは逆方向の右に蹴り、決める。正直こちらも安心した。

満田へのこともそうだが、甲府の5人目に誰が来るのか想定がついていたのもある。

甲府の5人目で出てくる男はオミだ。
オミがPKを蹴らないわけがない。割と何度か蹴っているのを見たことがある。

そんな都合のいい展開があるのか、と心がほとばしる。
キャプテンマークを巻いた4番が左上の端のキーパーがなかなか触れないコースに決めた瞬間、「あぁ」と言って涙が出てきた。感情が溢れ出した。

隣の友達に抱きつきにいき、さらに隣の友達に抱きつき、そのまま階段に出てサポの知らないおじさんと抱きつき、僕はそのまま通路を両手をあげて闊歩していた。
とにかく喜びを誰かと共有したくなった。
こんな最高の瞬間がこのクラブには待っていたのか。

 

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印象的だったのは選手もサポーターも「おめでとう」という言葉を使うこと。
「やったー!」「よくやった!」じゃない。

素直に考えると「おめでとう」が普通だ。

どこかタイトルを取ったとき自分の事のように偉そうにしてしまうチームがある。それはある種仕方ないこと、勝ちに慣れてしまってるし、勝つことこそ正義だと思っている。
ただまずは讃えあうということが大事なんだ。
甲府は優勝には程遠いというクラブだからこそ、この快挙を前にして「おめでとう」という言葉が素直に出るのだ。

包む空間はどこよりもハッピーな空気だったと思う。
この瞬間まで好きで居続けてよかった。

 

 

●優勝したからこその世界

 

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優勝の日から今日で1週間。
さすがに飲み込めたものの、まだ思い出しては泣きそうになるし、心が幸福になる。とんでもないことを起こしたなという感覚がまだまだある。

最初は勝っても負けても夢の舞台だし、まぁいいかと思っていた。
しかし勝ってからの反響のお祭り騒ぎ。
新聞の一面を飾ったり。帰りの電車のニュース欄に流れてきたり。話題になった旗振りのおじいちゃんの話をサッカー知らない子でも知ってるようになっていたり。
どれも優勝という結果がなければなかったことだと思うと、結果というものは何よりも大事なんだなと思わされた。

今季の8月にvs千葉、vs東京ヴェルディを観たときにチャレンジ精神の足りない0-0を観てガッカリした。
もう今季は終わりだと思って、これが続くなら時間の無駄だから毎試合頑張って観なくていいとすら思った。負けるのも分けるのもいいけど、チャレンジする気持ちや勇気が足りなすぎて憤りを覚える他なかった。特に千葉戦は酷いものだったと思う。
甲府にそんなことを思うのは初めての経験でそのくらい今年は最悪のシーズンだという感想だった。

それが天皇杯のベスト8まで上がってしまい、vsアビスパ福岡戦を北千住のHUBで観た。
勝った瞬間、思わず口が開いたままで言葉が出せなかった。信じられなかった。

ベスト4、vs鹿島戦。
はるばる1人現地まで向かった。
そこであのカシマスタジアムでの歓喜。やっちゃったよ、という感覚。
これまでの観戦体験と比べてもかなり思い出に残った。

そして決勝での前半の完璧な45分。

どの試合も共通していたのはチャレンジが出来ていた。
ボールを握ることをある程度捨てたうえでの試合だったけど、随所にあらわれる崩しは上手いしさすがだと思うものだったので楽しかった。
わざわざしっかり自分たちでボールなんて握らなくていい。充分に楽しい。
このサッカーにこそ甲府の進むべき未来を感じた。立ち帰る場所としては持っていた方がいいと思うが、固執する必要はないのだ。

来年のユニフォームにはエンブレムの上に星がつく。あのエンブレムに星がつくことに違和感しかないが、この感動をその星があることでずっと背負って生きていけると思うと嬉しい。

今は優勝記念グッズを何買おうか毎日悩んでるのが楽しみだ。

 


吉田達磨退任と野沢英之の引退。残りの町田戦、そしていわて戦


試合から2日後、吉田達磨監督の退任が発表された。
正直仕方がなかったと思える。リーグ戦でも内容は勝ってる試合は多いけど、結局勝ち数は1桁台。結果はなによりも大事なのはリーグ戦にも当てはまることだ。
クラブが城福監督のときのようにチームの方向性を定めながら戦えるのならば、達磨でもいけるとは思ったがそれはしないと判断したのだろう。
ただここまで負けが込んでもチームがバラバラにならないで、優勝を成し遂げることがどれだけすごいことか。
それは彼の人柄が素晴らしいことと、相当に人を飲み込む能力があるということだと思う。


この後の試合が本当に重要だ。リーグ戦は残り2試合。
この日戻ってきたサポーターがその日いなくても、勝ったというニュースが流れていれば来年観に来てくれる人は確実に増える。
消化試合だが、ただの消化試合ではなくなってきた。

その中、先日の町田戦は劇的な後半ロスタイム弾で勝ち切った。スタメンはこれまでチャンスがなかなか訪れなかったメンバーで構成されていたが、かなりエモーション全開に出ていた試合だったと思う。
のちに28歳で引退を発表した野沢英之がスタメンでキャプテンで出場。度重なる脳震盪に苦しみヘディングを避けるようになってしまい、100%でやれないなら自分からケジメをつけるとのこと。サッカーのうまさで言ったら、今シーズンもスタメンをはれたくらいだと思うがこの若さで引退。脳は命に関わるから難しい。自分でケジメをつけたのがすごい。
そんな彼の思いもそうだし、達磨にも自分が退任すること以上に柏ユース時代の教え子である工藤壮人への思いがあり、インタビューで「遠い空への思い」を口にして涙する場面もあった。

工藤壮人水頭症によりICUに入ったというニュースが流れたのは天皇杯でタイトルを取ったのと同じ日だった。
中学生から知ってる教え子がICUに入ったというのを自分が1番大きな仕事を成し得たその日に聞くというのはなんの因果だろうか。

そこから1週間も持たずに彼は32歳で亡くなってしまった。個人的にもレイソルの優勝時での活躍を鮮明に覚えているし、何度か生でも観ている選手で僕でも相当応えるものがある。

ただもう明日には最後の最後のいわて戦がある。
きっと看取りに行くことも出来ないし、葬式にも出れないということ考えるとそれだけでも心中計り知れない。


クラブのためにもそう。
野沢のためにもそう。
達磨のためにもそう。

いわて戦は意地でも勝ちたい試合だ。
天皇杯を取ってから初めての山梨での凱旋試合にもなる。いつもより多くのお客さんが集まっているのかも分からない。
きっとこれは勝たなきゃ行けない試合だ。

達磨を今回こそは心からありがとうで送り出せるように。

本当の夢の舞台を掴んだその日 天皇杯準決勝 ヴァンフォーレ甲府vs鹿島アントラーズ 2022.10.5

一夜明けても、まだどこかふわふわした気持ちのなかにいる。

あのヴァンフォーレ甲府天皇杯の決勝に行った。
鹿島アントラーズなんかをやぶってしまって。

いやたしかに昨日の鹿島はタイトル目の前に来たら死に物狂いで取るぞ!というようなどこから出てくるのかわからない『これが鹿島』としか言いようがないあの迫力が感じなかったのはたしかだ。
でも個人能力はやたら高いし、決定機も作られたし、鈴木優磨のシュートスピードはJ1の中でもトップクラスの質だった。なんなら1回ネットも揺らされた。オフサイドによって助かったが。

だとしても、この結果はすごすぎる。

そもそもこのベスト4にいること自体が初めてであり、前回のベスト8の段階でもかなり興奮しているくらいだった。
そのくらい甲府というチームがそこにいるのは信じられないことだ。

 

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ピッチに選手が並んだとき、「夢みたいだな」と思った。口走りそうになったがその言葉を飲み込んだところで試合がはじまった。

前半から割とやれてる印象だった。
集中力も高く、こぼれ球にもしっかり反応出来る。
プレス回避のパス回しに関して言えば「さすが吉田達磨(監督)」というようなことも思った。

9分に自陣のサイドで鹿島にフリーキックを与える。その時に審判団の無線に機材トラブルが起こる。
長々と続くその時間に抗議し出す鹿島の選手とサポーターにベスト4という舞台を何度も何度も戦ってきた証を感じた。
ある種、集中を切らさないための手段なのだと思う。

こういう集中の切れた時間の後の相手のフリーキックは何かが起こってしまったりもするのは常だ。
試合再開のフリーキックで鹿島はゴール前に蹴り込むわけではなく、横パスを一度挟むサインプレーをしてきた。
ここでサインプレーを選択出来る余裕にもJ1を感じた。

そんななか21分に三平がネットを揺らすもオフサイド。ボールを持った段階から自分でもオフサイドの認識があったのではないかという空気だった。
その後も崩される場面はあるものの、やれてる感覚があったので前半のうちに1点取りたい試合になってきた。
マンシャ、浦上、須貝をはじめとした守備陣がよく身体を投げ出して対応していたのはかなり感心していたが、後半に鹿島に火力を上げられたら崩れそうだと思った。45分イーブンの状態でこれを続けたらさすがに厳しいだろうと。

そして37分、最終ラインの浦上のパスに抜け出した宮崎純真がキーパーをかわして冷静に流し込む。待望の先制点。先日のリーグでの大分戦では同じ場面で外してしまった純真だが、今回は決めてくれた。
純真は相手の壁面をドリブルでぶっ壊してくれて最高に好きな選手なのだが、足りないのはゴールという結果だけなのだ。
そんな純真が決めた。
喜びのなか現実なのか?とも疑い、素直に喜べているのか分からない自分もいた。
ピッチでは甲府の選手たちが嘘みたいに歓喜の輪を作っている。
前半はなんとしてもリードで終えたいなか、機材トラブルのせいでの6分という長い長いロスタイムが用意されていた。
それも終わりかけのとき、鹿島のアルトゥールカイキがゴール前でボールを持ちブロックに入った須貝の右足がカイキにかかりそうだった。須貝が足を引いたのが一瞬見えた。
ペナルティエリアに差し掛かっていたとこだったのであのままいってたら上手いことファールをもらってPKにされていたと思う。危なかった。

1-0、甲府のリード。耐え凌いだ。

さすがにまだこのままでは終わらないだろうという感覚はあった。


後々の記事で見たのだが、宮崎純真のゴールシーンでボールを受けたとき
三平から「オフサイドないぞ!」という声が聞こえてきてまたひとつ冷静になれたと言う。
おそらく先ほどの三平自身のシーンも含めてのことだったのだろうと推察するのだが、やはりこの選手の影響というのは見えない部分でもあるのだろうと思える。三平は価値の高いベテラン選手だ。


後半開始から鹿島は2人の選手を交代。
岩政監督になってから取り組んでいたダイヤモンド型の中盤から、鹿島馴染みの横並びの4-4-2に変更してきて前線のターゲットとしてエヴェラウドを入れてきた。

後半の甲府はそんな鹿島に5-4-1の横並びブロックを敷いて防戦一方。
鹿島に試合通じて18本のシュートを浴びたようだがそのかなりの割合が後半だったのではないかと思う。

さすがに45分これは持たないと思っていたのだが、甲府がJ1にしがみついて残留し続けていたあの頃を思い出すような、そんなドン引くブロックを見せていた。なんだか懐かしい気持ちにもなったが、これで耐えれるならばこれでもいい。
そしてどちらかと言うと先述したが、それより鹿島に迫力がなかったと思えた。

後半のロスタイムは4分。
前半より短いことでどこか心に余裕があった。
2分過ぎた頃にリラが欲を出してゴールを狙いに行こうとしたが、スタンドのサポーターからも「外に逃げろ!」「時間使え!」という声が飛び、リラが体制を崩しながらサイドにパス逃げる。
昨年は10点、今年も8点取っているのに非難に晒されがちなリラ。コンディションも上がってきていて、サポーターに印象を与えられるような結果が欲しいのも大いに気持ちが分かったのだが、それで1回勝ち点を逃した試合をリーグ戦でしているので学んでくれていた。よかった。リラ悪い、今日はそこに徹してくれ。

ラストプレーで鹿島のキム・ミンテの強烈なボレーシュートがあったが、これを甲府在籍10年目の守護神・河田晃兵がファインセーブ。

試合終了。

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雨のカシマスタジアム歓喜の渦だった。
隣の人は「ありがとうー!!」と叫んでいた。
きっとみんなそう。
小さな田舎町の弱小クラブだ。近年はJ2生活に浸かってきて、お客さんもどんどん離れている。そんなクラブで「生きてる間にJ1で優勝出来たらな」「生きてる間に決勝とか行けたらな」と思っていた。

生きてる間に。

まさかこんなに早くその瞬間が訪れるとは、そして今年だとは思ってもなかった。

なんせまだJ2の残留すら決まっていない。22チーム中18位のチームだ。
現在も21年ぶりの6連敗を喫している最中。
そんななかリーグ戦の反省を活かすかのような展開があらわれて、天皇杯はすべて勝ち進みクラブ史上初の決勝の舞台まで辿り着いた。

試合前に口走りそうだった「夢みたいだ」という言葉を飲み込んだのには、その先にある未来を案じていたのかもしれない。

帰りのバスで隣になったおじさんは東京駅で降りる前、小声で自己暗示のように「勝った勝った勝った勝った」と連呼していた。

あと10日後。

10月16日、決勝、日産スタジアム
相手は長年良い選手を引き抜かれ続けて、甲府のサポーターが1番恨みがあるのではないかと思われるサンフレッチェ広島

日本代表にも辿り着いた佐々木翔稲垣祥(稲垣は名古屋グランパスに移籍済み)
山梨県出身選手で大卒1年目から人気が手厚かった柏好文、今津佑太

特に佐々木と柏はプロ1年目から甲府で見てきている選手。
佐々木がJ1で空中戦勝率1位になったこと、柏がドリブル数ランキングで1位なったこと。
それを学校帰りのサッカーマガジンかダイジェストで読んだときを鮮明に覚えている。
もちろん2人がプレーしているのも見てきた。柏がめちゃくちゃシュートをふかして外してきた時期も知ってる。

そんな2人とも30歳も超えたベテランになったが、今も試合に出場し続けている。広島で一時代を作ったと言ってもいい2人だ。
今の柏好文はシュートも上手くなった。

こんなところで再会するとは思っても見なかった。
(今津は移籍してからなかなか試合絡めてないけど頑張れ。同じ年だしかなり応援してる。)

そして今の広島の中心は昨年ほとんどの試合に出場し甲府のJ2 3位に貢献してくれて、今年は日本代表に選ばれていた野津田岳人だ。

そんな甲府にとって1番の因縁の相手であるサンフレッチェ広島と決勝で戦えるのはとても光栄に思える。

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https://twitter.com/nhk_soccer/status/1577657556570365952?s=21&t=kbengYy17OchPdJ38TfCiQ

勝っても負けても夢みたいな日だ。存分に味わおう。

お笑いOB感


後輩の子とお笑いライブを観に行くのが楽しい。
19時半に退勤して渋谷に行き、20時に待ち合わせて21時からの開演までコンビニで買ったお酒を飲みながらお笑いの話をする。22時に終わってご飯行って感想を軽く話しながら帰る。
都内に住んでいて、都心で働いてるからこそ出来ることだ。

彼女は大学生で周りが好きな子が多く、最近のお笑いブームの流れに乗ってどんどん興味が出てきていると言っていた。
お笑いが流行る世の中はいい世の中だと信じすぎているので今の流れは個人的に嬉しい。

そういう子と話しているときに今のお笑いよりは少し前の世代のもの、2010年までの旧M1グランプリの頃の芸人が好きな傾向にある自分はどうしてもお笑いOB感が出てしまう。

オンバト+が終わってからネタ番組がひとつもなくなったあの時代の話をしてしまっていた。

そのOB感がよくないなと思うときが多々あるが、許してほしいと思いながら話を続けてしまうところに性分オタクの面が出ていた。

調べてみたら2014年4月〜2016年4月までの2年間の話だ。そりゃあもうだいぶ前の話となっている。その子が中学生くらいの話だと思うとゾッとする。

その子からしたらナイナイやキャイ〜ンあたりの芸歴30年戦士の人々の番組が今ことごとく終わっていってる流れの話など興味があるわけないのだ。

こうやって年を重ねていくのだなと思いながら、いま自分は良い思いをさせてもらっている状況にいると思った。
今のお笑いに触れられていて、大変おもしろく助かっている。

その子も就職で来春には金沢に行くことが決まっている。
生でのお笑いを観る機会はどうしても減ると思うので、それまでは良さげなお笑いライブをなるべく一緒に行こうかと思う。

 

まっすぐすぎるのは武器にも暴力にもなる


勘の悪い後輩と紹介した彼のことを書いてみよう。
この数日はほとんど彼のドキュメンタリーだった。

辞めるかも知れない大学生の子に彼は気づいた。
すでに矛盾のように感じるかもしれないが、彼はそういうことを察することは出来る。ただ初手の勘の悪さは人とズレすぎている。そこがおもしろくて好きだ。

辞めるかも知れないという子は以前にここでも書いたが、前に名指しで注意をされて可哀想だった大学生の新人の子だ。
その後は順調に持って行けたのだが、また別件が起きてしまい長文の文句LINEが僕のもとに届いた。そこから電話をしてみたら、辞める決心がついたらしい。辞めるのは寂しいが、この子はもうここにいたくないのかもしれない。と思ったら止める事もできなくなった。ましてや大学生のバイトだ。いくらでも可能性はあるし、わざわざここで働く必要もない。僕は「わかった」とだけ伝えた。

その電話の終わりにそれならば飲み会は開こうということになった。
何人か誘う中で心配もしていたしその後輩は誘わなきゃダメだろうと思って声をかけた。久々の会合に「行きます〜!ありがとうございます!」みたいな返事が来るかと思いきや、「了解しました。」しか返ってこない。
まだ誰が来るのかも言ってもないのに。

翌日出勤で会ってみると辞めることを察しているような面持ちで、どうにか出来ないかを探っていた。全ての休憩時間、バイト終わりまで「一緒に行きましょう」と待ち伏せしているほどだった。
それだけでなく彼なりにイラついてもいた。「どうしてこうなってしまうんだ。納得がいかない。」という反応。
「話を聞いて、分かる分かるって言うだけじゃ意味ないんですよ。どんどんネガな方向に行っちゃうじゃないですか。ポジティブな方向に行く言葉を言った方がいい。」と。
彼は夕方の休憩のときには「いま電話しましょう!!」とまで言っていた。さすがに怖すぎるだろうと思ったのと、この熱意は目の前で見た方が伝わるんだろうなと思い、明日までとっておくことにした。

こんな形で辞めることに納得がいかないのは同じなのだが、彼に触れているとあそこまで真っ直ぐにはなれてない自分に次第に気づいていった。
その夜、僕は大学生の子に改めて電話をして「辞めるのってまだ止めてもいいものなんですか?」と伝えた。彼の真っ直ぐさになんか感化された。思っていることはせめてでも伝えなきゃと思えた。
そして彼がこういうテンションであることを伝えておいた。明日出勤したときになんの前触れもなくアレに触れたら驚いてしまうだろう。

明けて昨日、飲み会当日。
僕は休みだったが、同僚やその大学生の子からどうやら彼が大暴れしている情報が届いた。
シフトの期日だったその日、どうやら彼女より早く来て「シフト書きましょうよ」を朝1番から言ってきていたようだ。その後も彼はレジ担当なのに事あるごとに持ち場を離れては近づいて行き、同じことを言ってくる。極めつけは手紙を渡しにきたと言う。常人では思いつかない距離の詰め方である。

また驚きなのはこの2人、日頃から会話をそこまで取っているわけではないところ。ましてやお互いの連絡先も知らないほどの仲。好き以外の理由を見つけるのが難しいのだが、ただ彼女が彼氏がいるということも知っている。そして彼の日頃の真っ直ぐさ見ていると、それ故なのだろうという線はあながちというか全然捨てられない。それが時に悪気のない暴力にすらなってしまうくらい真っ直ぐなのだ。

これを聞いて、今晩への期待の膨らみがとんでもなくなり、家で1人足をバタバタして笑い転げていた。

夜、他5人が集まった。楽しくケラケラしながらお話をしていたら、彼が少し遅れてやってきた。
彼はまるで初対面の人にあったかのような小さい会釈をして、何も喋らない。話にも入らず、ずっと遠くを見ている。
彼は今何を思い何を感じてこの顔と態度をしているのだろうか。
もう僕の中でこの会の主役は彼になってしまっていた。

店に着いてもずっと途方を見ている。身体の向きもテーブルから外側に向いている。何故か別の女の子に「髪切りましたね」とだけ言っていた。
楽しい話もほどほどに本人の口から事の経緯を説明してもらった。その合間もずっと目をつむって俯いて聞いている。たまに小さく頷く。そして永遠に黙ってる。

彼が黙って少なくとも30分が経っていた。そろそろメインディッシュを投入しよう。彼に話を振った。

「全然気にしなくていいですよ」と彼は言った。小さな声で。

この世でもっとも暗いトーンでの励ましの言葉だった。

ポジティブな言葉をかけるならもうちょいテンション上げろよと思った。お前のことの方が心配になるわ。そして当人はもうあっけらかんとはしていて、すでにそんなことは気にはしていない。彼以外はみんな揃って笑いを堪えて俯きがちだ。

そこから彼はトートバッグをゴソゴソと漁り出した。何が飛び出るのか、期待と緊張感が入り乱れて走っていく。

「こういうのもあるんですよ。」

飛び出してきたのはクシャクシャになった紙。入社時にもらったであろう会社の相談窓口のQRコードだった。

誰よりもまともな判断が出来ている。
まさかのことすぎて現場に衝撃が走った。
こいつからこんな意見が飛び出すだなんて誰も思いもしなかった。
僕は感心してしまった。底が知れない。

どうしてそれをずっと持っていたのだろう。
もう自分が入ったときはこれをもらったかどうかも定かでない。

誰よりも判断はまともなのに、これをクシャクシャの紙で持ち続けているこいつは確実に変。
これが彼のぶっ飛んだバランス感覚だ。

「社員になろうという人がこういうのを知っていないのはダメですよ!!何か動いてるのだろうと思っていたけど、こういう提案もしていないと思ったら信じられなかった。共感してるだけじゃ何も変わらないし、そうやって辞めていったら1番酷いことをしていることになっちゃうんですよ!!」と僕は彼に説教までされた。

隣にいた子が庇ってくれたが、さすがにこの発想は思いついてもいなかったので覚えておこうと思い、即座に写真を撮った。


「どうなんですか?シフトは書いてきたんですか?」と彼が言った。
「書いてきましたよ!」と大学生の子が言った。

その瞬間、彼は「やったー!!!!」とこの日1番の大声をあげた。
最初の彼はなんだったんだというくらいに上機嫌になった。
よかった、ほんとによかった。ありがとうね。また頑張っていこうね。
そんな言葉がとめどなく彼から溢れ出ていた。

そして彼は泣き出した。しばらく泣いていてお店の人にティッシュを借りるほどだった。

そこからの彼もすごかった。

「昨日は眠れなかったの?」と聞くと、
「いや、今日に備えて早く寝ようと思った。自分が先に行っておかないと朝のうちに店長に辞めますって言ってしまうのではないかって」(うちは基本11時出勤だ)
「何時に起きたの?」
「7時」
「いつもは何時に起きてるの?」
「7時」

「そうだ!出勤するときに電車で読んでいる小説を読んでいたんですけど、その話がどんどん悪い方向に行ってしまってて、その話も友達が死ぬのを止めようとしていたんだけど、死んじゃったんですよ。そしたら電車が止まったんですよ。これはやばいどうしようと思って。これで遅れて店長に告げていたら辞めてしまう。運命は変わらないのかも知れないと思って、うわぁーってなって、早く電車動け動け!ってめっちゃ思いましたよ。でも、止められた!!!運命変えれたよ!!俺運命変えれたよ!ありがとうね!!」

彼は今年26歳だ。


僕らは腹を抱えて笑った。笑い涙が出てきた。辞めるのを引き止められている張本人が若干引いていた。


彼に触れていると自分は擦れてしまったなと思える。元々そこまでは人のことを思えてなかっただけかもしれないけど。
純粋すぎるものに触れたとき、ヒリヒリして、突き動かされるなにかがある。

彼は常に様子はおかしいし、変わっていることや勘の悪いことには変わりないが、誰よりも大事な心根は持っている。
このまんま勘の悪いままでもいてほしい気持ちもあるけれど、もう少し人が引かないやり方さえ分かれば素晴らしいやつになるのになと思った。


今日、出勤をすると彼が昨日いた女の子に「髪切りましたね」と言っていた。
遠くの方を見て何も話さなかったあのときの記憶は彼の中から全てすっ飛んでいるのだろうか。
「昨日も言いましたよね?」と大笑いされていた。


どうやら彼はこのまんまで生きていってくれそうだ。