中敷きがズレてくような日々

煩悩、戯言の半径30cm

支払いの朝

 

なにもない休みを寝転んで、テレビを観て過ごした。

 

朝行った病院は2時間待ち。

骨折をして2週間。レベル1の骨折だろうから、もうそんなに心配していない。

その後のリハビリの話までされるが、絶対いらんやろなぁと思ってしまう。

「また来週来てください」

そう言われて僕は1600円払う。

良好になる足を見てもらっては毎週訪れる支払いの朝。

なんだか少し虚しくなるのだが、虚しくなってしまう自分にも虚しくなる。

 

バイト先には左の親指のみを固定しているのでサンダルを履いて行ってる。

最近はその他の周りが痛いので固定を外してみている。みな足の状態を聞いてくるのだが、きっと「まだ終わらないのかな?」という気持ちがあるのだろうと思ってしまう。

「長くね?」「そのぶん立ち仕事になるのはこっちなんだけど」

そんな含みを勝手に感じてしまうのはこちらの気持ちのせいなのだろう。

 

骨折はそもそもこの前の休日。

家で4本足の椅子の上で正座をしようと左をかけたところ、そのまま椅子が倒れ、4本足の1つに足を挟んだ。

きっと椅子には自分の体重もかかったと思われ、そのまま左の親指がいってしまった。

倒れ込み痛がっているところに「大げさだよそんなの〜」と言いながら、母親がすぐに自らの古傷を見せつけてきては、その時のエピソードを顔をくしゃくしゃにして痛がる自分に話してきたのには幾分か腹が立った。

こんな自我しかない無神経な行動に怒り続けるのも、もうかれこれ20数年になり、

俺はまだこんなことを思わなきゃならんのかという悔しさもあった。

 

 

固定をしてくれるチャラそうなお兄さんが笑顔で接してくれる。

もう支払いの朝を迎えたくない僕は来週病院に行く気がないのだが、実は先週の自分もまったく同じことを思っていた。

優しく話かけながら対応くれてるから行かないといけない気持ちが芽生えて来ている。

この職業は意外とホスト的かもな。と感じる。

どこかを痛めてやって来た僕ら患者は少なからず心も少しは痛めている。

心はほんの少しな痛め方なのではあるが、

そこにワントーン上げて、優しく接してくれる人、ただそれだけなのに親身になってくれている気持ちになる。

そして気がついたら治療だけのはずが終わり遠いリハビリと言う名の支払いの種に繋がっていく。

 

足の指を固定されて、

「来週には余程のことがなければ骨がついてテーピングのみになるので〜」と言われた。

そう言われたものの、すでに1週間テーピングのみで過ごし、良好の印を押されている。

その優しさに僕はまた支払いの朝を迎えてしまうのか。

ただそれだけを悩みながら、足の指をテーピングして1週間過ごすのだろう。