中敷きがズレてくような日々

煩悩、戯言の半径30cm

人に物事を教えるのは怖い。


最近は自分が物事を教える立場になることが増えてきた。
人の上に立つことをやってきてる人生ではなく、むしろ後輩には自分から敷居を降りに行くことで仲良くなってきた。

 

昔は友だちに「塾講師なんてよくやれるよな」などを思っていた。人に物事を教えることを重大さを感じていた。自分の教えひとつでこの子が間違った方向に行く可能性が大いにある。ある程度自分に対して正しいという自信を持ってないとやれないことだと感じてた。

 

それと同時に言語化があまり得意でなく、どこまでを「ルールだから、公式がこうだから」と教えていいのか、を悩む。
「ルールだから」という言葉がいかにも苦手だったため、それをせめてでも言ってあげたくない。そんなところからの葛藤ではあるのだが、きっとそう言い切ってあげた方がこの子のためになることがある。ということもなんとなく分かっては来た。
ただ自分がどうしても意味を欲してしまっていたがために、余計な言葉を付け足してしまうことも多々ある。
知らない方がごちゃつかないのに、無駄な知識を入れてしまうこともある。世の中知らない方がいいこともあるんだよな。

 

とてもとてもわかっては来たけど、納得は出来ていない。けど最近は意識的に「知らない方がいい」という感覚を使わせていただいてる時もある。

 

無駄にいろんなことを考えてしまう自分は、非常に慣れない立ち位置に困惑しながら悩みながらも、そろそろ向き合わなきゃいけない問題なのだろうと思い、真剣に取り組んだ。

 

俺1人が一気に3人教えなければいけない日。
その翌日は4人、その翌日は5人となった3日間は疲れ果てていて、時給の2倍の仕事をした感覚があった。

 

業務内容自体、進捗にムラがあるので一気に集めて教えるなんてことが出来るわけではなく、彼は何が出来る、彼は何までは出来ないを本人たちに逐一確認しながらマンツーマンで教えていた。

 

仲良くなりたくて、とりあえず日を設けて、一人一人行きつけの王将に行ったりした。

仲良くしてる後輩を毎回連れて3人で行くのだが、後輩のほうが自分よりも仲良くなる姿を見てきた。

結局自分はその子たちに物事を教えている立場なので、これ以上はなかなか詰めれない距離というものを感じていた。
ここを崩すには自分がもっと近寄らないといけないのかな?などとも思った。

 

その中でも好きな音楽も合うし、肌感も非常に合う新人の子がいた。
彼は仕事も出来るし、何人も教えなきゃいけない日は信頼して、自分から1番離れた席に陣取ってもらった。でも絶対暇だろうなと思って、たまに状況を見に行ってお話をした。

バンドをやっているみたいで、大学生であるいまの時間が大事であることもどこか分かってて、とてもカッコいいなと思った。

 

 

彼が辞めたのを聞いたのはおととい。

 

うわぁー、悲しいなぁ、寂しい!と思いながらも、自分の人生なので、ここにいる意味を見いだせないのも分かるところあるので、辞めたこと自体は別に良いも悪いもないので、ただ突然いなくなったのが寂しかった。

 

自分がおそらく唯一連絡先を交換していたので、「辞めたんかい!!!笑」と送った。

 

しばらく返ってこないのを見越して、ほんとに伝えたかった「まぁまた遊ぼ、誘うわ!」を送った。

 

 

まだ連絡が返ってこない。

 

まだ仲良くなれる気持ち、仲良くしたい気持ちが残っているが、これは彼との関係は自分の中でなかったことにしなければいけないのだろうかと思っていたりしてる。

 

超えられない壁と越えたい壁。

 

 

20代も後半に差し掛かってくると、今後はこれに向き合わなければいけないのだろう。

 

後輩といくら仲良くしたくても、自分は歳を取るし、新人は若くなっていくばかりだ。

 

そういう意味でも同じ歳というのは会った時から全てを無効化する力を持っていそうで、偉大だなと思う。